11.普段と違う事が続くなら、普段の定義から変えるべきだ。

普段と違う事が続くなら、普段の定義から変えるべきだ。

普段がどうだったかすら掠れる程、違う事ばかり起きているのなら、それはもう、新しい日常になってしまってる。

それでも、この間までの"日常"を取り戻したいと言うのなら、立ち上がるほかに無いわけさ。


「あぁあぁあぁあぁ……」


1日もそろそろ終わりを迎える頃。

お風呂の後に勉強するのは眠くなって辛いからと、勉強を先に回した結果、疲れが回復せぬまま勉強する辛さを思い知った。


「こっちの方が効くぅうぅー」


昨日と同じように器具を借りて、足と肩をほぐし始めると、言葉にならない声が漏れ出て体中が蕩けだした。


「沙月、お疲れ様。やっぱり普段やらないだけじゃないの」


かけられた声の方に、すっかり蕩けきった顔を上げると、穂花が私の傍にやってくる。

昨日まで微かに強張っていた表情も、徐々に元に戻っていた。


「そりゃねぇ。サーとイエスとサーしか言えないなら、誰だってそうなるさ」


表情を戻しつつ、さっきまでの光景を思い浮かべて口元が引きつる。


「沙月がノーとばかり言うからでしょう。沙絵さんみたいに」

「だって、本当にノーなんだもん。難しい問題は見たくない」

「そのくせに、脅して放っといたら黙々とやってるのよね」


穂花はジトっとした目でこちらを覗き込むと、肩の器具に手を伸ばした。


「え?うわわ!あ、あぁ~」


何だろうと思う間もなく、揉みほぐしの強度が2つ上がる。

気持ちよさよりも、痛みが勝って顔を強張らせた私は、直ぐに穂花の手を除けて強度を元に戻した。


「ツボに入った…痛い…」

「そう。思ったより凝ってるのね。今ので中だったのに」


痛がる私を見て小さく笑いつつ言った穂花は、急に表情を消すと、座っていたソファに沈み込む。


「明日は沙月が居ないのかぁ」


脱力するようにそう言うと、軽くグイッと、私の脇腹に拳を押し込んできた。


「大丈夫だよ。沙絵がつくわけだし」

「そうじゃないわ。沙月の方よ。心配してるのは」

「ああ、ありがとう。でも、私も大丈夫」


穂花になすがままにされながら、彼女の方に顔を向けて小さく笑って見せた。


「私もさ、知らないことだらけだけど、家に泊まり込むって滅多に無いでしょ?だから、なんか無性に怖くてね」

「そうか。そうだよね」

「それに、正臣もなんか変な感じが続いてるしさ」

「2人は少し見えてるんだっけ?」

「私はぼんやり。楓花は鮮明に見えるみたい。今日のは若くて手足の無い男だったって」

「正解」


穂花はそれを聞いて力ない笑みを浮かべる。


「そんなもんだよ。普通は見えないものが、何故か見えるだけでさ」


私は彼女の顔を横目に見つつ、どうってことない、普段通りの口調で言った。


「あっち側もこっち側も関係ない。結局、向こう側の連中が私達に触れるには、人に化けるしか無いんだもの」


ソファ横に置いていた、私の学校鞄に手を伸ばす。


「その逆も然りってわけだ」


取り出したのは、雑に突っ込まれていた狐面。


「半分被れば、どちらから見ても中途半端な紛い物。全部被れば…人の常識外に出るだけ」


狐面を被って見せて、一瞬のうちに彼女の前から姿を消すと、直ぐに面を外して人に戻る。

その様子を見ていた穂花は、深い溜息を付くと、私の方に倒れてきた。


「知ってるか知らないかだけで、随分と違うものなのよ」


そう言った後、静寂が部屋を包み込む。

広い部屋、古い時計の針の音がハッキリと聞こえてきた。


「早いところ終わらせちゃいたいけどさー」


ポツリと呟くように口を開く。


「高校に上がれば、表に出るのも、もっと増えるんだろうしなぁ」


実感の無い言葉。

私の肩に頭を載せていた穂花が、ピクッと動き出した。


「珍しいわね。沙月がブルーな感じなの」

「ただの愚痴さ」


視線の下の穂花にそう言うと、彼女は顔色を変えずに私の顔をじっと見てくる。

そうして見合う形になった時、部屋の外から誰かが近づいてくる音が聞こえてきた。


「楓花だ」


音を聞くなり、穂花はパッと私の傍から離れていく。

直後、部屋の扉がガラッと開かれた。


「次いいよー、沙月だったかしら?」


肩からタオルを下げた楓花がそう言って入ってくる。

彼女は、私と穂花の様子を見ると、クイっと首を傾げた。


「2人共、疲れが出てるね」


そう言いながら、私達の前までやって来る。

そこで、彼女は私と穂花の間にある狐面に気が付いて、眉を上げた。


「"防人"の話でもしていたの?」

「ちょっとね」

「全く。どちらから振ったかは知らないけど、今は何も無いのだから。全く…」


楓花が呆れ顔を浮かべてそう言うと、私の方に手が伸びてくる。

借りていた器具のスイッチを切ると、肩と足に付けていたそれらを外していった。


「何も考えないで、お風呂でサッパリして来なさい」


器具をその辺に置くと、彼女はそう言って私の手を引いて立ち上がらせてくる。


「私もー」


それに穂花がくっついてきた。

楓花はソファから2人を釣り上げると、ジトっとした目を穂花に向けた後で、クイっと顔をこちらに向ける。


「姉様が入るなら…私ももう一回、入ろうかな」


大真面目な表情で一言。

無言で穂花を剥がして楓花に押し付けると、苦笑いを貼り付けたまま部屋の外に足を向けた。


「乱入してこないでよ?」

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