10.何も無ければ良いと、思えば思う程何かが起きる。
何も無ければ良いと、思えば思う程何かが起きる。
そういう時は、大抵、既に何かが起きている訳だから、当然と言えば当然なのだが。
当事者からしてみれば、もうこれくらいで勘弁してよって言いたくもなるわけで。
「お疲れ、八沙。突然だけど、これ見てよ」
昼休みに起きた騒ぎの後、昨日と同じように藤美弥家に戻っていた。
外はまだ微かに明るく、窓の外は、昼と夜の境の色を映している。
「あぁ?なんだ、この石っころ?」
今日付けの報告をしにやって来た紫髪の大男に、そう言って昼の戦利品を投げ渡す。
彼は怪訝そうな顔を浮かべ、私の方に投げ返してきた。
「っと、同級生が持ってた石でさ。学校の悪霊でも固まってるんじゃないかなって」
「あぁ。薄気味悪ぃと思えば、そーゆーことかぁ。それ、雑魚のごった煮だぜ」
「使い道無さそう?」
「目くらましにもなりゃしねぇよ。いう事も聞けねぇ木偶の坊じゃしょうがねぇべ!」
190cmはあろうかという大男。
彼は私の傍にドカッと腰を下ろすと、部屋の反対側で緊張の面持ちを見せる楓花と穂花の方に顔を向けた。
「八沙、怖がられてるね」
「みたいだな。ワシの姿、見せたことなかったっけかえ?」
「無いんじゃない?それか同一人物だと思われていなかったかさ」
強張る2人を横目にそう言うと、八沙は頬を掻きながら私の方へ顔を戻す。
顔は間違いなくイケメンの類だが強面、目元の切り傷と浅黒い肌、どう見ても爽やかさよりも威圧感の方が勝る風貌だ。
「不味ったか?」
「別に。ただ、普通の"人間"の感性の持ち主が見たら、今の八沙はどう見えるかな」
眉を下げて首を傾げる八沙に、ニヤニヤした顔を向けると、彼は私の方に掌を突き出す。
「ちょっと、待っとくれよ?」
その一言と共に、彼の輪郭がボヤけた。
刹那、紫髪の大男は、白菫色の髪を持つ少年に姿を変える。
種も仕掛けも呪符も無く、一瞬の内に、その姿だったと錯覚できるような変わり身の早さ。
部屋の反対側から、穂花と楓花の驚く声が上がっていた。
「これで良いでしょうか?沙月様」
ガサツな男の声が、透き通った少年の声色に変わるオマケつき。
その変わり様に、2人はこちらに駆け寄ってきて、八沙の顔を覗き込んだ。
「沙月の弟さん、じゃなかったんですか?」
「はい。普段はこの顔でしたね。あれが素で、こっちは入舸の人間として動く時の顔です」
「なるほど、なるほど。口調まで変わるんですね」
「口は体と一体ですから。今もさっきみたいな喋りに出来ますが、調子が狂いますね」
八沙は控えめな笑みを浮かべると、持って来たダレスバッグの金具に手をかける。
「お騒がせしたようで、すいません。そろそろ今日の報告を始めても?」
「あぁ、すいません。こちらこそ。ちょっと、驚いちゃって」
八沙と、穂花と楓花が互いに頭を下げあった。
それを見てニヤニヤしつつ、その後で八沙が取り出した書類を受け取る。
「思わぬお披露目になったね」
「はい。今度から気を付けます」
「好きな方で良いよ?知ってれば、穂花も楓花も怖がらないしさ。で…これは?」
他愛のない会話から始まった今日分の報告会。
渡された書類を捲って眺めてみると、どうもFAXで送られた書類の様だった。
全ての用紙の上に書かれた、旧字体染みた妖怪文字がその証拠。
「京都からの照会結果です」
「珍しい。すぐ返って来たんだ」
「はい。向こうでも事件の多さを確認しているそうで、普段よりも数段早い対応をしていただいた様です。お母様も驚いていましたよ」
「ねー。1か月位のらりくらりされるかと思ってた」
「一般人への、それも子供への被害が懸念されるともなれば、でしょうか」
「あの連中にそんな考えがあるとも思えないけど」
八沙とやり取りを続けつつ、斜め読みした10枚ちょっとの書類を、最初から読み始める。
「普通じゃないよね。何時もペラ紙一枚で済ますのに」
「該当する組織が多かったようです。最初の方は有名どころでしたよ?」
「三号とか、五号とかか。この辺だったらうかうかしてられないじゃない」
書かれていたのは、"異境"の妖に関する情報。
この世界の外側、常識の外側にいる者達を、"強引"かつ"人の世"に合わせて"部類分けしたものだった。
「前半は有名どころを上げただけのようです。後半は、僕も知らないようなものばかりでしたね。特徴も微妙に外しているので、余り気にかけていませんが」
読み進めるに合わせて、八沙が"こちら側"の"今の考え"をそれとなく言ってくれる。
その声に頷きながら、ペラペラと書類を捲り続けた私は、書類の束の最後の方に書かれた内容に目をとめた。
「あれ、第6号。若い番号なのに、これだけ後半だね。これは有名じゃない」
目を留めたのは、"特定異界域妖人売買組織第6号"の記載部分。
そこに載せられていた、背の高いトレンチコートにハットを被った中年男と、グラビアアイドルみたいな体躯を持つ若い女の写真が目に入る。
「"
「あぁ、確かに違うか。もしそうだったのなら、狙われるのは子供じゃなくて大人だし」
そう言って、次の書類へ目を移していく。
「明日からは絞り込み?」
「ええ。既に幾つかに絞ってはいるので、答え合わせですかね。被害の方も、沙絵が使ってる"白龍"を始めとする面々が常時見張ってるせいなのか、ピタっと止みましたし」
「なるほどね。ありがとう」
書類を一通り読み終えると、それを八沙に返した。
「それで、沙月様。明日はお休みでしたよね?」
「ええ。休みだけど」
「1つ、頼まれ事をしてもらえませんか?」
書類を鞄に仕舞いつつ、八沙はそう言って別の書類を取り出して私に渡してきた。
「沙月様の通う中学校の教師を探って欲しいのです」
その言葉と共に、受け取った書類に目をやると、探る相手はなんとクラスの担任だ。
「ほー…」
思わず目を見開いた私は、穂花と楓花の方に顔を向ける。
2人は私の方を見返すと、小さく首を傾げた。
「2人には僕が付きます。万一の時に、誤魔化し易いのは生徒ですからね」
「そうなるよね。成る程、分かった。昼頃で良い?」
「ええ。日の出てる時間帯でお願いします」
そう言って頭を下げる八沙。
私は、手にした書類を見ると、それを学校鞄の中に突っ込んだ。
「それでは、僕はこの辺りで」
ペコリと一礼した八沙。
私はそんな彼に手を振って答えると明後日の方を見ながら呟いた。
「今日は、昨日よりマッサージしてもらおっかな」
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