09.幽霊が蠢くのは夜だと、誰がそう決めたのだろう。
幽霊が蠢くのは夜だと、誰がそう決めたのだろう。
誰がそんなことを言い出したのかは知らないけどさ。
多分、その人は昼間に蠢く幽霊を見れなかっただけなんだろうな。
「こんな時間に動かれるとさ、こっちも困るわけさ」
窓際に立ちすくんだ同級生に向かって言った。
昼休み、ここは誰も来ないであろう空き教室。
昨日に続いて、朝から正臣の調子がおかしいと思って後をつけてみれば、案の定だった。
「え、何が…?」
張り詰めた表情を浮かべていたはずの彼の表情が、一瞬にして元に戻る。
朝から変だと思っていれば、そうやって都合よく見え隠れしていたわけだ。
奥歯を噛み締めると、隣の…入口まで付いてきてもらっていた穂花と楓花に目を向けた。
「…誘拐騒ぎに悪霊騒ぎね。どうなってんだか…」
コロコロと表情を変える正臣を前にして、小さく小声で毒づく。
直後、楓花が親指を突き上げて見せた。
コクリと頷くと、私は再び正臣に対峙する。
「正臣、こんな所に来てなしたのさ」
「なしたのさって。決まってるじゃないか」
「決まってる?」
「ここで…あれ…?あ、沙月、どうしてここに?」
「半々って所か」
彼がどれほど"侵食"されているかを確かめた。
その結果、半々といった所で、じっと見据えると、正臣の姿に若い男の面影が過る。
困惑した表情を浮かべた次の瞬間、再びキリっとした真剣な眼差しをこちらに向けていた。
「わかったわかった。とりあえず、話は終わってからだ」
そう言いながら、教室に足を踏み入れて彼の方へ近づいていく。
背後で扉が閉まる音が聞こえた。
「昼休みなんだし、サッと終わらせてしまおうか」
そう言って、右手を左袖の中に入れた時。
正臣が微かに動き出した。
「お?」
一瞬の出来事。
彼の右手がこちらに突き出て、"瘴気の縄"が伸びてくる。
伸びた縄は、私の右手をガッチリと掴みあげた。
「昨日と同じ手に乗ると思ったか!」
正臣の声色が変わった。
低く、震えた威圧の声。
「中途半端に乗っ取るとは。随分と紳士的じゃない」
その声に、嘲る口調で煽ってやる。
口角を吊り上げ目を細めると、正臣の顔が更に険しくなった。
「器に価値があるだけ。でも、お前の方がいい器になれそうだな」
「ほー、それはそれは。で、封じた気になったのかい?これで終わり?」
「まだだ。お前は力の強い人間。だが、後少し待てば…」
「待てば?どうなる?」
「所詮は人間だと分からせてやるよ!」
正臣が言った刹那。
空き教室中が黒い靄で覆われ始めた。
「おーおー、塵も積もればこうなるのか」
緊張感の無い言葉。
それが、正臣に憑りつく悪霊の感情を逆撫でする。
素では滅多に見たことが無い、怒りに震える正臣の表情を拝むことが出来た。
「正臣の顔でそんな顔をしないで欲しいな」
「黙れ!」
「靄で取り込めばどうにかなると思ってるんだろう?」
「煩い!」
「木端単細胞風情が。私をどうにかできると思ったか?」
煽りに次ぐ煽り。
正臣の顔はとんでもないことになって行く。
靄は徐々に濃さを増し、教室全体が黒に染め上げられる。
その靄は、何処からともなく現れては、正臣の体に入り込んでいった。
「こんなにいたのか、死んだ後で中学校に?良い趣味してるとは言えないな」
「ぐ…ぎぎ…マ…マダ…マダ…」
悪霊の精神のまま、怒りの表情を浮かべる正臣。
その顔には脂汗が滲み、全身が痙攣し始めていた。
真っ赤な顔は、触れれば火傷しそうなほど。
「思ってたより多かったな」
涼しい顔を浮かべ、何なら自分でも嫌らしく感じる笑みを彼の方に向ける。
中々辛そうなのに、私の右手を封じ続ける根性は大したものだ。
「アト…少シ」
「その少しに届けばいいな」
「ココガ…繋…ガ…」
更に靄が濃さを増していく。
既に正臣の姿すら掠れる程になっていた。
涼しい顔を浮かべようとしても、そろそろ嫌な汗が背中を伝う頃合い。
「ここも、調べなきゃ駄目か」
口を開けど、さっきのような軽口は叩けない。
正臣の体も、最早これ以上待てばこの後に響く。
どうやら、ここまでらしい。
「今度は、手先を封じることだね」
終わりの合図。
袖の中、微かに呪符に触れていた指先に念を込めた。
「ナ……!」
黒い世界を、青紫色の光で染め上げる。
光は制服すらも貫いて、教室一面を一瞬のうちに染め上げた。
「……!!!」
靄の放つ"断末魔"が鼓膜を揺らす。
右目を瞑って歯を食いしばり、ただ、時が過ぎるのを待っていた。
「ふー」
嵐の後。
靄に乱された髪を"右手"で抑え、目の前で呆然と立ち尽くす正臣を見据えてニヤッと笑う。
「沙月、どうしたのさ。そんな、髪ボサボサにして」
キョトンとした顔。
突き出していた手には、結晶の様な黒い石が握られているが、彼は気づいていない。
それを見て、また一つ溜息を付くと、人差し指を立てて、眼前でクルリと振って見せた。
「この辺見回してみ。正臣、夢遊病にでもなったんじゃないの?」
そう言うと、彼の顔は徐々に困惑の色に染まっていく。
薄笑いを顔に張り付けつつ、彼の目の前に足を進めると、彼の右手をギュッと握りしめた。
「教室に戻ろう。そろそろ予鈴がなるころだから」
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