08.昼と夜で顔を使い分けていると、時々混ざってしまう。
昼と夜で顔を使い分けていると、時々混ざってしまう。
表の顔と裏の顔で、裏の時に表が出るならまだ良いのだが、表の時に裏が出ると、途端に厄介さが増してくる。
何かの拍子に貼り付けた顔が見られてしまった時、そんな時に誤魔化し切れなければ、事態は悪化の一途を辿って行く一方だ。
「なるほど、分かったよ」
必要のない委員会活動に駆り出された日の夜。
私は家に戻らず、藤美弥家にお邪魔していた。
「今日だけで未遂が2件。そろそろ報道されそうな勢いじゃない」
「はい。明日札幌のテレビ局が取材に来るとの情報も。流石に抑え込めないでしょうね」
「呟かれて、そっから燃えてもアレだし?」
「その通りです。表には組織的な犯行として公表する段取りになっています」
双子の部屋の隅で、沙絵から報告を受けている。
夜まで付きっきりになるつもりは無かったのだが、昼のうちに、見知らぬ妖が境内に入り込んできたとの情報が知らされたのなら、こうせざる負えないだろう。
「"
「その線で探っています。奥様が本家に照会要請を出されていましたね」
「京都の人達、真面に取り合ってくれると思わないけれど」
「やってる素振りだけでも見せておくとの事でした」
「なるほど。あぁ、積丹から
「はい。明日の報告は八沙にさせるつもりでしたが」
「そうなんだ。オッケー…分かったよ」
「沙月様は、そのままお2人の傍にいてあげてください。では」
沙絵が一礼して立ち上がる。
「穂花さん、楓花さん。暫くご不便おかけします」
「いえ、沙月が居てくれるなら怖いものは無いですよ」
「そう言って頂けると有難いです。穂花さん、あれから変わりないですか?」
「はい。きっと何かしてくれたお蔭だと思うんですけど…もう大丈夫です」
「そうですか。それは良かった。あ、いけないいけない。それでは、失礼いたします」
穂花と楓花に声をかけて、沙絵は部屋から去っていった。
とりあえず"仕事"が終わり、一気に脱力すると、広い部屋の隅に倒れ込む。
「あー…終わったー。いや、終わって無いんだけどさ」
堅苦しい制服のまま、畳の敷かれた床に寝転がると、穂花と楓花が私を見下ろしにきた。
「お疲れ様」
「"
ラフな部屋着に着替えた2人は、そう言って私の顔を覗き込む。
口元をクシャッと緩めると、2人の方へ手を伸ばした。
「夜はこれがあって、昼は正臣が悪霊に憑りつかれて。ねー、受験どころじゃないさよ」
ふやけた口調。
微かにニヤリとした表情に、双子は呆れたような表情を浮かべていた。
「確かにそうね。でも、それはそれ、これはこれよ」
「ご飯食べて、お風呂に入るまではゆっくりしてていいから。さ、起きて着替えましょ」
2人はキッパリそう言うと、伸びていた私の手を掴みあげて引っ張り上げる。
「っと」
「ありがと」
「着替えはそこに出してるから」
「分かった」
体が起こされた後で、小さくため息を一つ。
私の鞄の傍で、言われた通り部屋着があるのを確認すると、制服に手をかけた。
「昔は同じ位だったのにね」
パっと制服の上を脱いで部屋着に袖を通す。
2人の服は少しサイズが大きくて、襟は不用意に屈めない位に緩く、袖は手を覆っていた。
「この通り。袖も襟も緩い」
「あら、可愛いじゃない」
「そう?寧ろこれくらい緩いと、呪符を幾つでも仕込めそ…」
「はいはいー、そうよね。早く下も変えちゃって。かけとくから」
私の反応を見るなり、さっき以上に呆れの成分を増した顔を向けられる。
次から服を買うときは、2人のサイズで買おうかなと思ったのだが…
向けられた顔に首を傾げつつ、スカートに手をかけて、下もサッと着替えてしまう。
こちらも少しオーバーサイズだが、腰紐で縛れば、まだ着れる範疇だった。
「スカート貸して」
「ありがとね」
穂花にスカートを渡すと、ハンガーにかけて、部屋の梁に渡された竹竿に引っ掛ける。
「古い家も、こういう所は楽で良いのよね」
「昔、家のやつにぶら下がったら折れて怪我したっけ」
「沙月はねぇ、その辺りの恐怖心が足りてないのよね。昔から」
「だってさぁ…行けるかなぁって思ったんだもん」
竹竿に掛かった3人分のセーラー服を見ながらそう言ってる間に、2人は私の方に顔を向け、それから私の手を掴みあげた。
「?」
「それよりも」
「え?何?」
何も分からぬまま、2人の成すがままにされた私は座布団の上に座らせられる。
「しっかり休んでもらわないとね」
「準備が済んだら呼ばれると思うから、それまでゆっくりしてなさい」
穂花と楓花は、大人しく座った私をそのままにして、部屋に置かれた棚の方へ歩いていく。
直ぐに立ち上がろうとも思ったが、分厚い座布団の感触を受けて、折角の楽できる時間を無駄にしたくない欲が出ていた。
「危ない時期で、こういう事してる場合じゃないのは分かってるのだけど」
「こういう時じゃないと、沙月が家に泊まるだなんて事、そうないものね」
2人は棚を開けながら、楽し気に言葉を交わしている。
遠目にそれを眺めつつ、徐々に、普段家に居るような感じにとろけてきた。
少し姿勢を崩して、薄っすらと目を薄め…
「沙月!」
目を薄めて、意識も何処かへ…という直前、楓花の声に呼び起こされる。
だらけていた姿勢を一瞬のうちに元に戻して目を見開くと、2人が何かを持ってこちらに来ていた。
「…それは?」
2人は、何かの器具のようなものを持って来たらしい。
機械に疎い私が、何に使うものだろうかと首を捻っていると、2人は有無を言わさず私の前後にやって来た。
「お風呂からあがったら、勉強するんだからね?」
「それに、最近の沙月、忙しそうだものね」
「はい、足上げて!肩の力抜いて!」
穂花も楓花も、私が何か尋ねる前に、テキパキと事を始めてしまう。
足元、ふくらはぎの辺りまで何かの機械に覆われて、肩の辺りに何かを載せられ…トドメと言わんばかりに目元に何かを被せられた。
「あぁ……そういうやつかぁ……」
目元が暖まり、同時に足と肩に心地よい振動がやってくると、それがどういった器具なのかようやく気づける。
一気にふやけた私に、楓花の声が耳元で響いた。
「勉強が終わったら、また貸してあげるから。頑張りましょうね?」
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