07.何かあるときに限って、必ず別の何かが起きるものだ。

何かある時に限って、必ず別の何かが起きるものだ。

こんな時に限って!だなんて言葉、今まで何度使って来たことだろう。

問題は1つだけじゃないという事実を、私は目の前で見せつけられた。


「…ったく。何かと思えばねぇ」


学校を1日休んだ、次の日の放課後。

急に出来た委員会の用事で、夕方近くまで学校に残っていた。

受験を控えた私達3年にとって、予定外だった放課後の委員会活動。

一緒に帰るはずだった穂花と楓花には、用事で遅くなると言って先に帰ってもらっていた。


「誘拐犯が出たから、集団下校をやるだのどうのってさ。私達がやる事じゃないじゃん」


やる事も終わり、最後まで教室に残っていた私と正臣は揃って帰る準備を始めている。

周りに先生も他の生徒も、誰もいないのを良い事に、私はぶつぶつと愚痴を零していた。


「そっちで勝手に決めてやっていいでしょうに。何考えてるんだか…ねぇ?」


コートに袖を通しつつ、正臣に話を振ってみる。

だが、いつもの様に、優しくも曖昧な反応が返ってこない。


「…あれ?正臣?」


彼がいたはずの方を振り返ってみると、そこにいるはずの彼の姿が消えていた。


「……え?」


誰もいない事実に、眉を潜めて首を傾げた。

正臣がいたはずの場所は、最初から誰もいなかったかのよう。

彼の上着も、鞄も、何もかもがそこにない。


「はぁ。嘘でしょ…」


思い当たる理由は1つ、私の頭は即座に"仕事"モードに切り替わる。

コートの留め具も閉めぬまま、鞄を肩にかけて教室を飛び出した。


「正臣!」


日が傾いて暗くなった廊下に響く声。

右を見ても何も見えず、ならばと左を向いたその先。

ピタッと動きを止めた人影が見えた。


「どうしたの?沙月」


キョトンとした顔を浮かべてこちらを見ているのは、探していた人物。

直ぐに見つけられたことに拍子抜けしつつ、彼の様子に微かな疑念を持って近づいていく。


「どうしたのって、どうして先に行ったのさ」


様子を見る限り、まだ何も起きていないようだ。


「ねぇ、正臣!聞いてるの?」

「わ!あ、あれ。あぁ、俺、教室に居なかったっけ」

「さっきまではいたさ…呆けでも始まった?」


様子は変わりないものの、ちょっと怪しい受け答え。

彼を揶揄うような口調で近づいていきつつ、彼に何が起きたかを探っていく。


「いや、ん…さっきまで教室にいたような」


薄暗い廊下の真ん中で立ったまま、混乱しだす正臣。

目の前まで来て、彼をジッと見据えると、彼の表情は、委員会中よりも疲れて見える。

疲れた表情の裏に見えた"何か"…私は右手をコートの袖の内側…制服の左袖に突っ込んだ。


「老け込むには早いよ?はぁ、ちょっと失礼」


彼が混乱してる間に、呆れ口調で一言。

その言葉と共に、彼の横に並んで背中の方に腕を回すと、パン!と彼の背中を叩いた。


「痛!」

「疲れでも残ってたんじゃない?受験も近いしさ」


背中に回した手には、呪符が1枚握られている。

それは、彼の見えぬところでふんわりと青紫色に光った。

その刹那、彼に憑りついていた悪霊が彼から剥がれ消えていく。


「ね、偶にはさ、何もしない日を作っても良いんじゃない?」


横目で呪符の効果を確かめつつ、背中を叩いた手を戻した。

彼はクスッと苦笑いを浮かべると、不意に両腕を上に伸ばす。


「んー、そうかもねぇ~最近は遅くまで色々やってるし」


体を上に伸ばしながら一言。

正臣の顔色は、さっきよりも明らかに良くなっていた。


「沙月こそ、頑張らないとヤバいんじゃないの?」


良くなった直後の一言が、私の胸に突き刺さる。

ピキッと口元を引きつらせると、右手をヒラヒラ振りながら明後日の方に顔を向けた。


「穂花と楓花に付きっきりで面倒みられてるよ」

「それもそっか。あの2人が放っておく訳無いか」

「そういうこと」

「後少しで本番だよ。早いよねぇ」

「ねー、早く終わらないかな」


何も無さげな正臣を横目に見ながら、溶けていく緊張感。

暗さが増していく廊下を進み、玄関の方に向かって行く。


「高校受かったら、穂花も楓花も合わせて、何年一緒だっけか?」

「俺が小樽に来たのが幼稚園の頃で、その時は別だったから…10年じゃない?」

「長いなー、そして不思議だ。私を気味悪がらないの。あの2人は別としてさ」

「周りから聞かされてたんだけどね。別に話せば普通の人じゃん」


正臣はそう言って、私の方に顔を向けた。

チラッと目で彼を追うと、正臣は裏のなさそうな、優しげな笑みをこちらに浮かべている。


「昔からの噂なんて、大抵当てにならないんだよ。その通りになってる試しがないし」

「まぁ、実際その通りだけどさ」


そうこう言ってる間に、下駄箱までやって来た。

そこで会話は一時中断。

上履きから冬靴に履き替えて外に出ると、私はようやくコートの留め具を付けた。


「さて、帰ろっかって。逆方向だよね」

「まぁ、私の家、こっから上だし」

「そっちの方、人気ないけど大丈夫?送ってく?」

「途中に穂花と楓花の家があるから大丈夫」


そう言って右手を上げる。

互いに吐き出す白い吐息が、互いの姿を微かに隠した。


「そっか。それじゃ、また明日」

「うん、明日ね」


そう言って校門前で正臣と別れて、直ぐに帰路に付く…事はしない。

彼の姿が、曲がり角の先に見えなくなるまで、立ち止まっていた。


じっと彼の背中を見つめ、薄明かりに消えていく彼の影。

そこから、そっと視線を校舎の玄関に移すと、生徒玄関の暗がりの方で何かが蠢く様子が見て取れた。


「こっちも、活気づいてきたか。もう、夜だしなぁ…」


蠢く"それ"が闇に消えるのを見て、ボソッと呟く。

"それ"に何をするでもなく、コートのポケットに手を突っ込むと、家の方へ振り返って歩き出した。


「あのままじゃ、祓うに祓えない、か」

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