06.非日常に身を置く時、何時もソワソワしてしまう。

非日常に身を置く時、何時もソワソワしてしまう。

ただ時間が過ぎていくだけで何も無いよりも、常に刺激があるのが良いのだろうか?

どんな時であれ、日常じゃない瞬間には、遠足の時のワクワク感が湧き出てくるものだ。


「お風呂も、お食事も、どちらも準備が出来ています」


夕方の一件が一旦の終わりを告げたのは、日付も変わろうかという時間帯。

家の者から藤美弥家へ事情を説明してもらい、2人を家まで連れてきた私は、私の使用人である沙絵さえに穂花の右手を診てもらう事にした。


「ありがと、沙絵。とりあえず、穂花の右手を診てあげて」

「嫌です。その必要は…」

「そう。なら、診なくてもいいかなぁ…沙絵が言うなら。何か症状が出たら…」

「診させていただきます」


時折出て来る、沙絵の"本性"。

苦笑いを浮かべつつ、いつも通りの"対処"をすると、彼女はすぐに頭を下げて動き始めた。


「楓花は…ごめん、その辺で楽にしてて。どこ座っても良いからさ」

「うん」


楓花を適当な場所に座らせる。

私は机の横に鞄を置いて、着ていた上着をコート掛けに引っ掛けた。


「兎に角、何も無くて良かったわ。ただ、家に呼ばれたってことは…」

「そ、暫くの間、2人に警護を付ける事になる。ごめんね、こんな時期に」


楓花の言葉に被せて言うと、椅子に座って、穂花と沙絵の方へ目を向ける。

穂花はさっきよりも落ち着いた様子で、顔色は少し悪いが、体の震えは止まっていた。


「何もないと思うんだけどさ。何かあったら嫌だし」


真剣な表情の沙絵に一言。

少し経った後、沙絵はこちらに顔を向けて口元を綻ばせると、幾つかの呪符を取り出して、それで穂花の右手全体を覆い始めた。


「大丈夫かと。問題ないと思います。が、念のため幾つかの方法で祓っておきますね」

「分かった。とりあえず一安心…あー、楓花、お腹空いてる?」

「え?う…うん。ちょっとだけ…ハンバーガー食べてきたし…」


楓花はそう言って、穂花の方に目を向ける。

丁度こちらを見ていた穂花は、コクリと頷いた。


「じゃ、何か食べよう。沙絵、時間も遅いし、何か軽く出来る?」

「はい。では、オードブルとか如何でしょうか?」

「沙絵?」

「小さいおにぎりと卵焼きとお味噌汁ですね」

「ええ。お願いね?おにぎりの具は鮭で」

「はい」


そう言ってる間に、沙絵は穂花の処置を手際よく終わらせる。

その様子を確認して、ようやく深い溜息をついて脱力できた。


「ふぅー…良かった~何も無くて」


溜息をついて少しの間の後、処置を終えた穂花が、楓花の横にちょこんと座った。


「さて、とりあえず、これからの話をしなきゃだね」

「そうね」

「とりあえず今日は家に泊まって。明日、穂花は学校休むこと」

「分かった」


真剣な話から始める。

あんなことがあった以上、普段の砕けた会話は暫く出来そうにない。


「楓花も休んでいいと思うけど、どうする?」

「私が休んだとして、沙月はどうするの?」

「合わせる。学校で何かあれば、それは正臣に任せておけばいいし」

「それもそうね。なら、私も明日は休もうかな。姉様の傍にいたいし」


そう言っている間も、楓花は横に座る穂花の手を握ったままだった。


「なら、明日は休みにしよう。で、今分かってることだけ話すね」


2人の手元から目を離すと、いつも通り机の上に載せられていた"報告書"に手を伸ばす。


「沙月も働く事あるんだっけ?」

「殆ど無いよ。さっきみたいな時だけ例外でさ。だから、こういうのは初めてなの」


手にした報告書の、最近のページを流し読みした私は、微かに口元を引きつらせた。


「良く無い事が起きてたのね」

「そう。2人共さ、学校とかで注意されてた、誘拐未遂事件の話は知ってるしょ?」

「ええ。小学生から中学生の子が何人か、攫われかけてたとかいう」

「それが今日も色んな場所で起きてるんだ。穂花だけじゃないらしい」


そう言うと、2人はビクッと背筋を伸ばす。


「今の所は私達が防せげてて、攫われた人は今の所いない。でも、今日だけで6件、似たような事が起きてたみたいだね」

「6件も…」

「報告書にある被害者は、全員小学生。中学生は穂花だけ。今日に限らず、最近の事件は全部、人が犯人じゃないはずだと思って良いと思う」


目の前に座る穂花と楓花の顔が、微かに青白くなった。


「2人には私がいるし、私がいない間は、家の人間も付けるつもり。でも規模を考えれば…ずっと付きっ切りてわけにもいかないかもしれない」

「学校に行っても、暫くは学校と家を行き来するだけにして、大人しくしといた方が良いようね」

「そう。学校がすぐそこて良かったよ」

「直ぐ上に走れば沙月達もいることだしね」

「それに、神社の境内には鬼が棲んでるし。彼らにも警戒させてるのさ。だから、何かあっても…あぁ、これ使っておこう」


そう言いながら、机の上に並んでいたスケッチブックのうちの1冊を取り出す。


「前にも見せたことあったよね?…えーっと、どこだ?」


そう言いながら、スケッチブックのページを捲っていき…

…探していた絵が無かったから、それを机に置いて、次のスケッチブックに手を伸ばした。


「こっちか。あぁ、そうだそうだ。あったあった」


2つ目のスケッチブックのページを捲りながら、目的の絵が書かれた箇所を思い出す。

更にページを捲り進めると、この間、正月に話した数体の鬼が描かれたページに当たった。


「これこれ」


躊躇なく、そのページをスケッチブックから切り離す。

切り離したページを、2人に見えるようにテーブルの上に置いた。


「効果は今から1週間。鬼の方にも"見える"ようにしたって話は付けとくよ」


私の言葉を耳に入れつつ、鬼の書かれた紙をじっと見つめる2人。

その紙の上に右手を載せると、ゆっくりと目を閉じて指先に力を込めた。


「……!」


力を込めた直後から、指先がチクチクと痺れ始め、紙が手汗で少し濡れる。

薄く目を開けると、鬼が描かれた紙は、真っ黒に染められていく真っ最中。

それを見て口元を緩ませると、手先に込めた力を更に強めた。


「よし」


やがて痺れが収まり、目を開けて確認すると、紙は消し炭になっている。


成功だ。


炭となった紙を机横のくず入れに捨てると、穂花と楓花を見やって笑みを浮かべた。


「これから暫く、私を2人の好きなようにしてくれて構わないよ」

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