05.咄嗟のアドリブは、得意な方じゃない。

咄嗟のアドリブは、得意な方じゃない。

何も考えずあれこれ言う事は良くあるけど、異質な出来事があれば体は固まってしまう。

次に何をすればいいだろう?その問いに頭が埋め尽くされて、その結果、体は直感に動かされるがままになるんだ。


「ふっざけやがってぇ!!!」


穂花を連れ去ろうとした妖を目に入れたその刹那。

右手に掴まれた1枚の呪符に念を込めた。


直後、赤く眩い光が一瞬にして世界を染め上げる。

赤く染められた世界、最後の仕上げは、耳を劈く轟音。

視界から始まり、音と感覚全てを奪い取った。


赤と無音と無重力の世界。

その中で、唯一"普通の世界"に残された私は、一気に穂花との距離を詰めると、気を失って倒れてゆく彼女の腕を掴みあげた。

無我夢中で掴んだ手、そこを伝っていくのは、生暖かい穂花の血。


「くっ…コイツ…」


手の平を貫いた骨を抜き取り、その骨に、ついでとばかりに呪符を1枚貼り付けた。


刹那。


再び轟音。

想定外の音が、私の全身を駆け巡る。


「ぁぐ…ぁあ」


声にならない悲鳴が、意図に反して漏れ出て来る。

それでも、穂花を連れて、新たな呪符を出しつつ、妖から出来る限りの距離を取った。


「…くぅ…ぅう…そうかぁ、そうきたかぁ…!」


穂花を背中側…壁に寄り掛からせ、痛む頭を抑えつつ、見開いた目は妖を捉えて離さない。

赤い世界が元に戻った時、何故か"消えなかった"妖が、クルリと私の方に顔を向けた。


「お前が、妖絵描きとやらか」


追撃気分を盛り下げる、重低音が響いた嫌な声に、私は勢いを削がれてしまう。

骸骨特有の、吸い込まれるような、永遠の虚無を宿した目元が、不敵な笑みを浮かべているように見えた。


「あぁ…」

「私を滅せもしないとはな」

「滅さなかっただけだよ。働いてる人間の死体モドキ1つ作ったら、どうなると思う?」

「さぁ、どうなるんだ?教えてくれ。我々は、この世界の事を何も知らないのだ」

「ほざけ、誘拐未遂のロリコン骸骨。焼き場の骨っから風情、可愛い娘は似合わないよ」


骸骨の挑発に乗らずにそう言って、最後にチロッと舌を出して煽り返す。


「あぁ、それと一つ、妖絵描きに対して、お前は大きな間違いを犯してる」

「あ?」

「"妖"を滅することはしない。我等"防人"は、"妖"を"何処かへ隠す"ことしかしないのさ」


その言葉と共に、取り出していた呪符を眼前に掲げると、間髪を入れずに発動させた。

刹那、ボっと金色に輝く呪符。

対峙していた妖の、真っ暗闇に染まった瞳が、思いきり開かれた様に見えた。


「向こうへ行っても、どうか"お元気"で」


全てが終わる直前、妖に告げたのは、嘲笑混じりの別れ言葉。

妖は音も無く消え去ってゆくと、この空間に残されたのは、私と穂花だけになる。


「よーし、もう大丈夫だからね」


そう言って、気を失った穂花の方へと振り返る。

妖は塵と消えたが、妖が穂花に放った骨が作った風穴は、確かに穂花の体に残っていた。


「まだ、間にあうか」


そう言いながら、左袖に仕込んだ呪符を取り出して、血が止まらぬ掌に貼り付ける。


「ちゃんとした処置は帰ってからかな」


掌に貼り付けた呪符に念を込めると、白桃色の炎が呪符から上がった。

その炎は、穂花の手を包み込むと、呪符を焼き切って鎮火する。


「とりあえず、これでいい」


ホッと胸を撫でおろす。

"傷が消えた"穂花の手を握ると、彼女が微かに反応を見せた。


「ん…」

「目が覚めた?」

「え…沙月…?」


目を開けて、真っ青な表情をこちらに向ける穂花。

そんな彼女の頬をそっと撫でると、私は傷の消えた右手をギュッと握りしめた。


「楓花が待ってる。早く戻ろっか」


場に似合わない笑みを作ってそう言うと、視線をあちこちに動かす穂花の手を引いて立ち上がらせる。


「沙月、さっきのは…私は…」

「いいの、帰ったらでさ。終わった事だよ」


震えたまま、何かを怖がるような穂花に、私はそう言ってギュッと体を抱きしめた。


「今日は、私がずっと傍に居てあげる」


震える穂花を慰めて、店内へ戻っていく最中。

徐にスマホを取り出すと、家の人間に今の一件の後始末を任せた旨を伝える。

送ったメッセージに既読が付き、更にスタンプが付いたのを確認すると、重い扉を開いて外に出た。


「一件落着」


私達を見て驚くバイトの男。

ついでに、彼に接客されていた、仕事帰りのサラリーマン風の男も、ギョッとした表情を浮かべていた。


「この子が連れ去られそうになってた。あの人、巷で流行りの誘拐犯だったんじゃない?」


私がそう言うと、「え?」と言って更に驚きを深くするバイト男の眼前に立ち、頭一つ分大きな背丈の彼を睨み上げる。

見開いた双眼が、一寸の狂いも無く彼の黒い瞳を射抜いた後、背伸びして、彼の耳元に口元を近づける。


「今から来る者へは、よく考えて対応することだ」


ボソッと小声で言った言葉。

視線を右下に向けると、彼が唾を飲み込む様が良く見えた。


「席に戻ってるから。お巡りさんが来たら案内宜しく」


彼の眼前に戻ってそう言って、ニコリと笑って見せた私は、穂花の手を引いて楓花の下へと戻って行く。


「お待たせ」


裏側の騒ぎは、店内まで伝わっていなかったらしい。

添削して、暇を持て余していた様子の楓花は、怯えた様子の穂花を見て唖然とした。


「え…ね、姉様!?姉様!大丈夫なの!?」


叫んだ楓花は、思わずといった形で穂花の肩を掴む。

穂花は、青白い表情はそのままながらも、精一杯の笑顔を作ってコクリと頷いて見せた。


「兎に角、大丈夫だよ。遅れたらヤバかったけど。それで、お二人さん、今夜は私の家に来てもらえるかな?」

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