04.非日常は、日常と表裏一体だと思う。

非日常は、日常と表裏一体だと思う。

何気ない景色の何処かに、必ず日常とかけ離れた風景があるはず。

それに首を突っ込めば、何てことなかった1日が急に様変わりする事だってあるんだ。


「沙月、そこの計算、間違ってるよ」

「…え?どこさ?」

「ここよ。‐1じゃなくて‐2でしょ」

「あー…」

「そのケアレスミス、受験じゃ命取りよ?」


初詣の一件を適当に誤魔化した日の夕方。

穂花と楓花と共に、駅近くの"バーガーデビル"に寄り道していた。


「こっからやり直し?」

「沙月~、頑張って~」

「フレー、フレー、沙月~」


適当に頼んだハンバーガーやらポテトやらをつまみながら、受験に向けて最後の追い込み。

冬休みが終わって、高校受験も近づいてきた今、新しく学ぶことは何も無いのだが…


「沙月と別の高校は嫌だからね?」

「だったら、そっちがランクを下げれば…」

「ランクなんて一度下げたら、どこまでも下がっていくものよ?」

「そうよ、沙月。貴女はやらないだけなんだから、お札書いてる時の集中力の一部だけでもいいから、受験が終わるまでこっちに持って来なさい」


こうして、穂花と楓花に発破をかけられている。

こうなったのも、今日の昼休みに、この間受けた模試の結果を知られたからだ。

私は2人から無言の圧力を受けた後、素直に2人の言いなりになるしかなかった。


「さ、今日は後少しね」

「本番前までみっちりやるんだし、今日は休み明けだから、この程度で許してあげる」


勉強モードにならないまま問題を解き進める私の前で、余裕そうな穂花と楓花。

コーラの入ったコップを片手に、楽し気な表情で、揶揄い成分の混じった声色で私を煽る。


「…終わり!」


向かい側の2人から熱い視線を浴びながら、言われた範囲を終えた私は、脱力してテーブルに突っ伏した。


「はい、良く出来ました!」

「沙月、偉いぞ!」


手を叩きつつ、パーッと活気づく2人。

私は体をゆっくりと起こすと、すっかり冷めたポテトに手を伸ばした。


「それじゃ、採点するね」


楓花が私のノートに手を伸ばす。

私は更にポテトを取ろうと手を伸ばした所で、私達の机に影がかかった。


「すいません、ちょっと時間宜しいでしょうか?」


声の方へ顔を上げる。

声の主はこの店の店員で、どうやら穂花に用事があるみたいだ。


「はい、何でしょう?」

「すいません。お会計の時に間違いがありまして。申し訳ないのですが、再度やり直しさせて頂けないでしょうか?」

「あら、はい。分かりました」


珍しくも、何てことの無いやり取り。


「というわけで、ちょっと行ってくるね」

「はいはい」


珍しい事もあるものだと思いつつ、穂花が店員と共に去って行くのを見送った。


「珍しい事もあるもんだね」

「ねぇ、良く気付いた」


レジの方へ向かう穂花に目を向けて、それから店員の後ろ姿に目を向けた時。

彼がここから見えないレジの方へと姿を消すその間際、微かに口角を吊り上げたのを見て、私はピクっと眉を動かした。


「どうかしたの?」

「んー、多分。楓花、穂花もなんだけど、2人共、この間渡したお守りは持ってる?」

「え?持ってるけど、ポケットの中に入れっぱなしだよ」

「分かった。それなら大丈夫。…ちょっと席、外すね」


店員の表情…微かに見えた彼の"素顔"に感じた嫌な違和感。

私は、さっきまでの気怠さを隅に追いやって席を立った。


「採点、お願いね」


楓花にそう言うと、フーっと溜息をついて2人が向かった方へと歩き出す。

何も無ければ、ただ、レジで会計をやり直している穂花の様子を見て戻ってくるだけだ。


「嫌な予感は当たるもの…か。チェ!」


2人を追いかけレジまで向かうと、そこに2人の姿は見当たらない。

誰もいないレジを見て私は小声で毒づくと、暇そうに突っ立つ店員を呼び止めた。


「ねぇ、私の友達と店員さん、何処に行ったか分かりますか?」

「え?あぁ…今さっき裏の方に行きましたね」


暇そうな店員は、やる気なさげな応対を見せる。

多分、高校生のバイトだろう。

私は、手で押せば折れそうな、細身の男に食って掛かるようにして体を乗り出した。


「私も入って行って良いですか?」

「いえ、駄目ですよ。奥に行ったってことは、何かあったんですよね?」


田舎なのだし、穏便に、彼女の友人だからという理由で行けるだろうと思ったのだが。

私は小さく頷くと、かけていた眼鏡を外して胸ポケットに仕舞いこみ、制服の左袖の内側に仕込んだ呪符を、そのまま左腕に巻き付けた。


「そっちの会計ミスで、奥に行く事になるのは、ちょっとおかしいと思いますけど」


呪符の効果が出ているか、彼の瞳に映る"角が生えた"私の姿を見れば十分だ。

所詮、ただの中学生でしかない私に、彼は何も言い返さずに引き下がった。


「どうぞ…」

「ありがとう。お邪魔します」


引きつった顔の彼にお礼を言うと、レジの横を通り越してスタッフオンリーの扉に手をかける。


「離して!」

「!!!」


電車が通る音すら遮断できそうな重たい扉が開いた時。

奥の方から穂花の甲高い叫び声が耳に届いた。


「ほら、こうなった。警察呼んで」


その声を聞いた私は、バイトの男に指示を出すと、扉の向こう側へと駆け出す。

休憩スペースの横を通り抜け、やって来たのは店の裏側、最奥地。

外に繋がるであろう扉の辺りまで来たところで、穂花の長い茶髪が、棚の奥に見えた。


「穂花!何処にいるの?」


ここまで来てようやく一声叫ぶと、返事に彼女の悲鳴が返ってくる。

毒づく暇もなく、左手を右袖に突っ込んで、呪符を2枚掴んで引きずりだした。

手にした2枚の呪符はそのままに、私は勢いを殺さぬまま、人影が見えた方へ突き進む。


「見ぃつけた!」


棚の影から飛び出して見えたのは、私の背丈の倍程の、人の骸骨の様な姿を持つ妖の姿。

その一方で、化け物の右手から伸びた細い骨に、右手の平を貫かれている穂花の姿だった。


「穂花!!」

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