壱章:少女は境に立つ

03.何気ない会話は、必ず何処かに繋がるものだ。

何気ない会話は、必ず何処かに繋がるものだ。

直ぐに忘れる話題だろうと思っていても、相手にとってはそうじゃなかった事も多々ある。

そういう話題は、定期的に掘り返されるのが常なのだろう。


「おーい、沙月ー?」


休み明け最初の授業の後、窓の外の一点に向いていた意識は誰かの声で引き戻された。

ピクっと顔を上げて目を見開き、声の方に目を向けると、正臣が私の席の前に立っている。


「ん…?あぁ、なんだ、君か」


かけていた眼鏡のズレを直しながら問いかけた。

ズレを直しながら、横目でさっき見ていた方をチラチラと気にかける。


「外で何かあったの?まさか、噂の誘拐犯?」

「いや、まさか。ちょっとしたことさ」


適当に誤魔化しつつ、彼を捉えているはずの視線は、時折外を見てしまう。

何度か外に目を向けると、景色の中に、求めていた人がやってきた。

そして、彼女が思った通りに動き出したのを見て、ようやく全ての意識を彼に向けられる。


「もう大丈夫。ごめんなさいね。委員会の用事でもあったの?」


席の前に立つ正臣を、薄っすらと笑みを浮かべて見上げた。

彼は、不思議そうな顔を浮かべながら、ジトっとした目をこちらに向けている。

私はそんな彼を見て、薄ら笑みを少し引きつらせた。


「いや、違うんだけどさ」


正臣はそう言うと、私が眺めていた方を見て首を傾げ、また私の方に振り向く。

その隙に周囲を伺ってみると、数人のクラスメイトが怪訝な表情を浮かべてこちらを見ては、直ぐに視線を別の方にズラしていた。


「聞きたいことがあってね」

「ほぅ?」

「沙月さ、年明けに藤美弥ふじみやさんとこの神社に居た?」

「居たよ」


他愛の無い話だと思っていた私は、浮かべていた笑みをスーッと消していく。

彼を視界にとらえつつ、その向こう側、4つ前の席の方に視線を移すと、教室に戻って来たばかりの双子の女子2人がこちらの方へと振り向いていた。


「やっぱり。その時さ、目立つ格好の巫女さん見なかった?」

「目立つ格好の巫女さん?」

「そうそう。紫の入った白い髪で、俺等と同じ位の年頃だと思う…目元に傷があってね」

「へぇ。随分と目立つ格好だこと」


聞かれている内容は、間違いなくあの時の私のことだ。

おぼろげな当日の記憶を辿る彼に、私は表情を変えず、適当な合いの手を打って次を促す。


「目立つでしょ?で、俺さ、ちょっと風邪気味だったんだけど、初詣に行って神社で倒れちゃって。その巫女さんに助けてもらったんだ」


彼の言葉を引き出しつつ、さっきからこちらをチラチラ見ている双子の方に目を向けて、正臣に見えぬよう小さく手招いた。


「つまりは、その巫女さんを知らないかって?」

「そう。あれ、コスプレじゃなけりゃそれなりに有名な人だと思うんだけど」


正臣がそう言うと、私は顎に手を当てて首を傾げた。


「んー、そんな派手な人、私は思いつかないな」


私がそう答えると、彼は訝し気な表情を浮かべて口を閉じる。

その直後、彼の後ろから、2人の女子生徒が迫ってきた。


「ね!ウチの神社の話してたりしない?」


そう言いながら、正臣の肩に勢いよく手を載せたのは、件の藤美弥家の人間。


「それなら、沙月より私達に聞いてくれれば良かったのに」


正臣と並んでもそんなに変わりないほどの背丈の、大抵の人が思わず振り向く容姿の女の子。


「わ!穂花ほのか、戻ってたのか。穂花も楓花ふうかも、見当たらなかったから…」

「そうだよ。穂花ん家の話題。初詣で正臣が倒れたらしくてさ」


驚く正臣に、それを見て苦笑いを浮かべる私。

そしてもう一人、この様子を見ながら、控えめに笑う人がもう1人。


「男の子が倒れたって言って親が動いてたけど。あれはマサだったのね」


穂花に瓜二つの容姿を持つ、穂花よりも髪色が薄い女の子。

穂花より控えめな声色の主は、私の席の横に立つと、正臣を見据えてクスッと小さな笑みを浮かべた。


「大変だったみたいね。体調はもういいの?」


楓花はそう言って、彼の質問を受け持ってくれる。


「え?あ、ああ。大丈夫。3日寝込む羽目になったけど」

「そう。それで、正臣を担いできた人なのだけれど」

「楓花の知ってる人?」

「そうに決まってるでしょ。毎年来てくれてる人だもの」


楓花はそう言うと、一瞬だけ視線をこちらに向ける。

私は何も表情を変えずに、その視線を受け流した。


「会いたいの?」

「え?うん。お礼を言いたくて。それに…」

「それに?」

「声が沙月に似てた気がしてさ。有り得ないんだろうけど、違うのかなって」


正臣がそう言うと、穂花と楓花は砕けた笑みを作って噴き出した。


「アッハハハハ!はぁ〜…面白い事いうね、マサ。沙月をよく見なさいよ」

「ねぇ?フッ…フフフ…黒髪黒縁眼鏡の子が。マサの見た子の特徴にあってるの?」


前から楓花に、後ろからは穂花に詰められる正臣。

彼は小さな笑みを浮かべて私の顔をじっと見つめると、ほんの少し懐疑的な顔になった。


「まぁ、違うけど」

「なら、この話はここで終わり。…マサ、次、体育よ?女子は保健だからココだけど」

「え、あ、本当だ。ヤベ!」


楓花がそう言ってこの話題を終わらせる。

彼女の言葉に釣られて時計を見ると、今日最後の授業が始まる2分前だった。


「ま、知らないならいいや。ありがと!」


正臣はそう言うと、ジャージを取って教室から飛び出していく。


「ふー」


授業目前、彼を見送ると、フーっと溜息を一つ付いた。


「助かったよ」


手助けしてくれた穂花と楓花に、小声でお礼を一言。

2人は私の方に向き直ると、さっきまで浮かべていた笑みとは別の笑い顔を浮かべていた。


「ま、あの人は毎年来る"変わったお手伝いさん"だしねぇ。コスプレみたいなものだよね」

「そうそう、見た目は若いんだけどね。年はそれなりに上だったはずよ」


揶揄うような笑みを浮かべてそう言うと、2人はそれぞれの席の方に体を向けた。


「そうだ」


席に戻っていく直前。

穂花が私の方へと振り返り、耳元にグイっと顔を寄せてくる。

ほんの少しだけ眉を上げて少し仰け反ると、彼女はそのまま私の耳元で囁いた。


「貸し一よ。入舸いりかの妖絵描きさん?」

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