02.好かれるにも、良し悪しってものがある。

好かれるにも、良し悪しってものがある。

それはポジティブな意味に聞こえるが、そうじゃないことだってあるだろう。

目の前に立つ彼は、正に"そうじゃないこと"を体感している真っ最中だろうな。


「まーた、君ってやつは。何処で変なのに憑かれたのさ?」


私は目の前の男にそう言った。

暗い境内の隅、迷い込んできた"私と同じ年頃の男の子"は、中学校のクラスメイト、羽瀬霧正臣はせぎりまさおみだった。


「コイツ、入リ易イ」


問いへの答えは、彼の声色だが、彼じゃない。

怒りを押し殺したような、おぼつかない片言の言葉が返ってきた。


「中身までとは、珍しいけどさ」

「入ルノハ、簡単」

「よく知ってるよ。何度祓ったと思ってる?」


苦笑いを浮かべつつ、巫女服の懐から呪符を1枚取り出した。

二本指で保持したそれを、顔の前に持ってくる。


「君の様な"妖"の成り損ないで何度目になるのか、数えてないから分からないけどもさ」


正臣は、正臣に憑りついた悪霊は、一切動じる様子が無い。

表情も変えずに棒立ちしたまま、私の目をジッと見つめていた。


「ま、早いとこ祓ってあげよう。正臣は霊障で調子崩すと、ちょっと長引くんだ」


そう言うと、正臣の眉がピクピクと不規則に揺れた。


「私ヲ、祓ウノ?」


絞り出すように一言。

声色は怒りが滲み出ているのに、その表情は何処か哀愁が漂っている。


「それが私の仕事だもの。人と妖の間に立ってるんでね」


そう言いながら、右手をクイっと捻って見せた。

手にした呪符に書かれた旧字体、今の彼ならそこに書かれた意味が分かるはず。

案の定、彼の哀愁漂う表情に、1つ、恐怖の色が加わった。


「こんな所まで来て、何する気だったの?」

「ヤルコトハ、モウヤッタ」

「そう。余計な仕事を増やしてくれてありがとう。貴方の恨みは晴らせた?」

「違ウ、ソウジャナイ。オ前ガ、釣レタ」


そう言った刹那、周囲の空間が急に崩れ始めた。


「…!?」


瘴気の波が、体を貫く。

周囲の景色は、モノクロームへ様変わり。

降り続く雪、真っ白な結晶の1つ1つが、鮮明になって私の瞳に映り込んだ。


「釣レタダケ。釣レテシマッタ。ナゼ。ナゼ。本当ハ…デモ…デモ…デモ……!」


その世界の中心から聞こえるは、悲し気な悪霊の叫び声。


「ソウジャナイ!ヤリタクナイ!ナゼ!ドウシテ!私ハ、私ハ!!!!!!!!」


私はその言葉に何も言わず、狐面を被り直す。

チクチクとピリ付いた感触が、一気に醒めていった。


「フフ…新年早々、君は面倒事を持ってきてくれたなぁ」


呪符に念を流し込む。

黒と白だけの世界に、ふんわりと青紫の炎が灯った。


「アァアァアァアァアァアァ…!」


炎が灯った刹那、3色目が混じった世界は、呆気ない末路を辿り始める。


「…!…!…!…!…!…!」


崩壊していく彼の世界、耳をつんざくのは、意味を成さない悪霊の叫び声。

雪の結晶は、ただの白い粒へと戻り、モノクロームの世界は徐々に色を取り戻していく。


「一丁上りっと」


正臣に引き伸ばされた1秒は、すっかり元へ戻った。


「新年早々、こうなるとはね」


悪霊が呪符の中に消えると、意識が混濁した様子の正臣がその場に崩れ落ちる。


「今回は結構強かったから、暫くは戻ってこないか」


役目を終えた呪符を懐に仕舞うと、狐面を半分ズラして彼の傍にしゃがみ込んだ。

倒れた彼の、真っ赤になった頬を触る。


「熱!…」


驚いて引っ込めた手を、額や首元に当てなおす。

結果は先程と変わらない。


「中まで運ぶかぁ…」


そう呟いて懐から新たな呪符を取り出し、今度はそれを私の腕に巻き付ける。

巻き付けた呪符が橙色に光り出すと、私は正臣の体に手を伸ばした。


「…っと」


私より頭一つ分大きな同級生を、ヒョイと抱えて元来た道に足を踏み出す。

詰所に戻る帰り道。

先程見えていた数の半分しか見えない出店の前を通って行った。


「お、絵描きさん、見つかったのかい」


一際大きな出店の前でたむろしていた知り合いに声を掛けられる。


「えぇ。この通り。あぁ、そうだ。詰所まで伝言に走ってくれない?」

「おう。いいぜ。その兄さんの事だよな?」

「ああ。霊障でやられたってのと、元々風邪っぽそうだったって」

「任せな」


頼み事を一つ請けてもらうと、再び疎らな出店の前を歩き始める。

暫く進むと、目の前には正月恒例となった賑やかな景色が見えてきた。

そこで一度立ち止まり、正臣を抱えなおすと、目的地までは後少し。


元の場所までやって来ると、先程は反応を見せなかった人々が私達の方をチラ見するようになっていた。

そこで私は一つ溜息をついて、注目を浴びつつ人混みの脇を通って行く。


「ん…」


詰所まで後少し。

そこまで来たところで、抱えていた正臣の意識が元に戻ったようだ。


「大丈夫?」


足を止めて声をかける。


「あ…はい。でも、ちょっと…気分が…」


彼の反応を聞くと、再びゆっくりと足を踏み出した。


「だろうね。大人しくしてなさい」

「はい…あと、もしかして…なんだけど」

「何か?」


朦朧とした正臣の言葉に、適当な相槌を返していると、彼は不意にこう言った。


「その声さ…沙月さつき…だよね?……」

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