裏側を見てみよう
霜野 由斗
本文
「今君が置いた駒をひっくり返したら、どんな風になっていると思う?」
旅館の一室にて、おじさんと二人きりでリバーシをしていると、突然そんな質問を投げかけられた。
「いや、……今は白色が上を向いているから、そりゃあひっくり返したら黒色になるんじゃないですか?」
僕がそう返事をしたのち、不安に思い、試しに駒をひっくり返してみると、案の定駒の表面は黒色に変わった。
「ああ、やっぱりそうかあ……」
8月中旬の夏休み真っ只中、おじさんに誘われ、二人っきりで武蔵野の観光にやってきたが、観光が始まって以来、おじさんは同じような質問を僕に問いかけ続けている。
おじさんの趣味や仕事が、色んな物をひっくり返す事だなんて話は聞いたことがなく、何故突然僕に同じような質問を繰り返し始めたのか、気になってしょうがなかった。
しばらくしていると、リバーシの決着がつき、時刻も夜10時半を過ぎていたため、明日の観光に備えて、僕は眠りにつく事にした。
おじさん曰く、明日は武蔵野の山野一面に咲いているすすきと、その奥に浮かんでいる天体を見に行くのだそうだ。
僕があらかじめ調べた情報によると、ここ武蔵野は花札の原点にもなっている地域であり、特に武蔵野の山野一面に咲いているすすきと、その奥に浮かぶ満月の景色は、花札に描かれているような象徴的なものになっているのだそうだ。
僕自身は花札に対してそこまで興味がなかったものの、歴史ある札遊びの絵柄として描かれるほどにまで美しいとされている景色に対しては、是非一度だけでもこの目で確かめてみたいという思いが、武蔵野について調べていく内に、いつの間にか僕の心の中で湧き上がっていた。
目が覚めると、何重にも重なっているであろうセミの鳴き声が、部屋の中にまで鳴り響いていた。
おじさんは既に起きており、僕が朝の支度を整え終わったのを見計らうと、旅館の女将さんに対して、二人分の朝食を注文した。
白米に味噌汁、卵焼きと切り干し大根によって構成された一汁二菜の簡素な朝食を食べ終え、部屋に戻ってしばらくくつろいでいると、突然おじさんが「それじゃ、もうそろそろ出発しようか」と言い放った。
「えっ、もう行くんですか!?」
僕が驚いてそう返すと「うん、そろそろ時間になりそうだし」とおじさんは言った。
部屋の壁に掛けられてある時計を見ると、時刻は午前11時すぎ。
月どころか、太陽がもうすぐ南中高度へと到達しそうな時間帯であった。
おじさんの言動に困惑しつつ、僕は急いで身支度を済ませると、そのままおじさんと共に、旅館の近くにある丘へ向かって歩き始めた。
丘へと向かう最中にある森の中に入ると、今朝目覚めたときに聞こえてきたセミの鳴き声が、より一層激しく鳴り響いていた。
20分程歩いていると、おじさんが唐突に岩を指差し「この岩をひっくり返したら、どんな風になっていると思う?」とまたしても同じような質問を僕に投げかけてきた。
「色んな虫が出てくるだけだと思いますけど」と僕が返事をすると、おじさんは岩を少し持ち上げ、裏側を確認する。
案の定、テントウムシやダンゴムシ等も含めた小さな虫達が、岩の下でひっそりと生活をしている様子が見えた。
おじさんが岩を元の位置に戻すと「いやあ、やっぱりそうだったかあ」と不可解な独り言をつぶやき、再び丘に向かって歩き始めた。
さらに10分程歩いていると、おじさんは僕に対して「月の裏側って、どんな風になっているか知ってる?」と質問を投げかけてきた。
「いや、知らないです」と僕が返すと「それがさあ、普段の僕達が地上で見ているあの月とは裏腹に、意外とクレーターだらけで汚いそうなんだよ。月が地球の周りをまわっている速度と、月の自転速度がほとんど同じだから、地球にいる僕達には見えないそうなんだけど」とおじさんは語った。
「……えっと、つまりどういうことですか?」
「まあ要するに、いくら僕達が普段目にするものでも、裏側を見るまでは、その実態はわからないってことだよ」
おじさんがそう言い放つと、いつのまにか僕達は森を抜け、辺り一帯にすすきが咲き誇っている丘に到着した。
山野一面に佇むすすきが風に揺れる中、その奥に浮かび続けている太陽は、満月と見間違えてしまいそうな程に、美しかった。
裏側を見てみよう 霜野 由斗 @Rodoki
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