第5話 オレたちの冒険のはじまりだ(1)

 たっぷり時間をかけて風呂に浸かった3人は、宿の部屋に豪勢な食事を持ち込んでテーブルを囲んでいた。

「冒険者と言えばこれよ! 英気を養うごちそうっ。はー、今まで何て辛気臭しんきくさいごはん食べてたのかしら」

 手づかみで骨付き肉をほおばったメイは、うーんと幸せそうに頬を抑えた。


「ダンジョンで拾った武器を町でお金に換えて、それでまた武器を買って、倉庫に詰め込んで満足して……クズ肉スープをすすって、馬屋に寝ればいいとか、やはりノエルは狂人でした」

 熟れた果実にさらに糖蜜をかけた甘々なデザートから手を付けたソフィアも、案外厳しいことを言う。

 確かに今までは、どれだけダンジョンでレア武器を入手してそれを売っても、ノエルの浪費のせいでお金はほとんど手元に残らず、成長期の3人にはかなりショボい食事だった。

 姉妹の満足そうに舌鼓を打つ顔を見ると、やはりノエルの下から抜け出したのは正しい選択だったのだと思える。


 土の町テペロノの主食は麦とイモ。とにかく寝ても覚めても、煮ても焼いても蒸しても、麦とイモのオンパレードだった。

 この鉄の町ゴンゴルノはもとより鉱夫の町ということで、肉料理が充実している。

 加えてダンジョンの入り口を有する村として潤い、各地から珍しい食材もわんさか集まってきていた。今や、王都ラダトキアのレストランと比べても、この町のメニューの豊富さはひけを取らない。


 しばらく食事を楽しんでいたメイは、肉でベタついた指の脂を拭うと、真剣な顔でオーガストを見つめた。

「ねぇ、オース。ちゃんと準備をしたら、アタシたち3人だけで10階のボスを倒せると思う?」

「さっきギルドで聞いてきたけど、10階を踏破した最年少は19歳の5人パーティーなんだって。一筋縄ではいかない相手だから無理をしないようにって、ギルドマスターに釘を刺された」

 左側から、じっと注がれているソフィアの視線を感じてオーガストは、息を吸いこんだ。

「でも、いけると思う。オレたちが最年少パーティーになろう。記録を塗り替えよう」


 だってとオーガストは、そうそうたる装備品を見つめた。

「オレの幻陽の鎧は、どんなダメージも半分カットしてくれる。それに命の剣は、敵を切ると同時に体力を回復する効果があるから、二人を守りながら戦えるよ」

【勇者】オーガストは、甘いハチミツ色の瞳と髪だ。顔立ちはまだ子どもらしく、背も3人の中で一番低い。


 オーガストの勇ましいセリフに、アタシだってとメイが髪をかきあげる。

「炎術のローブは、火属性の魔法の威力を2割上げるし、双頭の竜の杖で同時に2つの火球を撃てる。ある程度の数にも負けないわ」

 魔法使いメイは、ギフト【火】を体現するような真っ赤な髪と、鮮やかな緑の吊り目を輝かせた。


 二人からの視線を受けてソフィアも、もじもじと寝間着の裾をつかむ。回復術師の少女はメイの色彩に白を混ぜ込んだような、桃色の髪とやわらかな黄緑色の瞳だった。

「白のローブで、ヒールの効果がやまびこになり、一度の詠唱で2度分の効果を得ることができます。毒蛇の杖に秘められた毒霧効果で、戦闘のお役にも立てるかもしれません」

 何より、と今も身に着けたままの見事な細工のペンダントに触れて、姉の首にも同じものがかかっていることに嬉しそうにほほ笑んだ。

「この祈りの魔石があれば、消費魔力が半分になります。潤沢なマジックポーションさえあれば、10階層までの戦闘にもきっと耐えられると思うんです」


 少年たちが手にしている装備品は、ノエルがダンジョンで惜し気もなくポンポンと与えたもので、おそらく3人分の装備でテペロノの町なら家が建つ。

「ダンジョンには、まだ誰にも知られていないアイテムがあると思う。きっと10階に降りるまでに、さらに強力な装備も手に入る。でも、油断しないでしっかり準備をして挑もう。薬も、食料も」

 オーガストの言葉に、メイが顔をしかめる。

「ポーションが無いからって、宝箱から出た得体の知れないワインを煮沸して飲むなんて、もうゴメンだからね」

「石の床に直接横になるのも、イヤです」

 ソフィアの訴えにも、うんうんとうなずいてダンジョンに持ち込むべきアイテムを相談しはじめる。


 それは、まだ3人が小さかった頃、作ったばかりの秘密基地に、大人の目を盗んで何を持ち寄ろうかと考えたあのワクワク感と似ている。

 クッキーと、ブランケットと、父さんの双眼鏡もこっそり持ってきちゃおうか。

 姉妹の目にも同じような輝きが宿っていることが分かったから、オーガストは少し照れくさい気持ちで、3人の輪の真ん中に拳を突き出した。

 最初にメイがその意図に気付いて拳の上に手のひらを重ねる。残念ながらソフィアの手はふわりとメイの手の甲の上に添えられた。


「さぁ、今度こそ、オレたちの冒険の始まりだ」

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