第6話 オレたちの冒険のはじまりだ(2)

「オース、入ってっ!」

 必死の形相でメイが呼ぶ。オーガストがピクシーたちの追跡を振り切って、部屋へ飛び込むとすぐさまソフィアが扉を閉めた。

 はぁ、はぁ、と3人が荒い呼吸を繰り返す音だけが安息の部屋セーフポイントに満ちる。


 ダンジョンには、暖炉がある小部屋が現れることがあった。迷宮の内部はいつも変わってしまうから、どこにあるとはアテにできないが、この暖炉の部屋には魔物が侵入してこない。

 連続して探索できる時間は、最長で6日にもなるので、迷宮内で上手に休息をとれるか否かで、攻略難易度は全然違う。

 冒険者は必ず地図にこの安息の部屋セーフポイントを書き記して進んでいた。


 ソフィアが水筒から水を注いでメイに渡すと、連続詠唱ですっかり声が枯れていた魔法使いは喉を鳴らしてそれを飲んだ。

「ねぇ、どういうこと? まだ地下3階よ」

 メイとソフィアはすでに2回魔力切れを起こして、マジックポーションを飲んでいた。この調子では、10階のボス戦はおろか、次の階層まで降りる前に持ち込んだアイテムが足りなくなる。


「当たらなければどうということはない、ってねー」

 わけが分からないという様子で顔を見合わせている3人を、モニター越しに見ていた管理者が笑う。

「せっかくの威力高めの火球も、切れ味抜群の剣も、当てられなきゃ倒せないってだけだ。割に被弾は多いから、回復の子もヘトヘトだし……あいつら、あの銀髪が敵の動きを止めてたことに気付いてなかったんだなぁ」


「おかしい。きっとピクシーの動きが変わってるんだよ。あんなにすばしっこく無かった」

 オーガストの声に、姉妹がうなずく。

 正確には、今日戦ったピクシーが普通で、いままでノエルと戦っていた時の敵は、彼の投擲とうてき技【影縫い】によって、麻痺状態だったのだ。


「ポーションがあと4本……。オースの怪我を回復したら、もう1本飲まないと次の戦闘で回復ができません。先に進んで大丈夫でしょうか」

 これまで進むか休むか戻るかは、全てパーティーリーダーであるノエルの判断で行われてきた。しかし、今はオーガストがその判断をしなくてはならない。


 前回の帰り道でノエルが忠告した通り、一度倒した魔物を倒した部屋も、その場を離れてしばらくするとまた新たな魔物が現れる。

 簡易的にマッピングした紙を見つめて、オーガストは頭をかいた。戻るにしてもさっき逃げ出したピクシーとやりあわなければならず、ルートを厳選してもそれ以外にあと2回の戦闘が必至。雑魚と思っていたピクシーだが、どういうわけか今日はやたらと手ごわい。


「今回は……ここで休憩したら町に戻ろう」

 冷静なオーガストの決断に、ソフィアはホッと息を吐き、メイは不満そうに鼻をならした。

「えぇ……まだ今回1つも宝箱が出てないのよ。マジックポーションを買った分すら稼いでないじゃない」

 からくも5回は勝利を収めたというのに、今日は一度も宝箱を見ていなかった。

 戦闘が終了するたびに、ノエルが宝箱から持ち帰る武器を厳選する時間が退屈でたまらなかったというのに、どういうことだろうか。


「姉さま、でもちゃんとお金を残してありますわ。町へ戻ったら、また買い物をして、宿に泊まってそれでもまだ余裕があります。毎度スッカラカンになっていた頃とは、違います」

 ソフィアの言葉に、メイはそうだったわねと手を打った。

「そっちが当たり前なのに、感覚がおかしくなってたわ」

 慣れって怖いわ、と魔法使いが笑いながら立ち上がったので、オーガストはホッとして床に敷いていた毛皮のマットを丸めはじめる。


「この上でなら熟睡できるのか試してみたかったですが、また次回ですね」

 石の床の上で寝るのは嫌だと言うソフィアの希望で今回初めて持ち込んだマットは、高額だっただけのことはあり、確かに暖かい。座っていても床の凹凸を軽減してくれているのが分かる。

 セーフポイントはいつもチロチロと燃える不思議な暖炉を備えているので、食事の際の火も使えるし、寒くてどうしようもないというほどでは無い。

 ノエルはオーガストたちがバテると、むっつりと安息の部屋の床に腰を下し、座ったまま目を閉じて休んでいた。固くて冷たい床の上で、眠れるような眠れないような微妙な休息を取るのは、もうまっぴらだというのが回復術師の強い要望だった。


「よ……っと」

 メイとソフィアは二人で1つを使うからと、オーガストが背負うマットは2枚。その他にザックの中には食料、水、地図用の筆記用具、いざという時のための包帯や傷薬。それを鎧を着こんだ身で担ぎあげればかなりの重量だ。マジックポーションだけが荷だった時とはわけが違う。

 手元の時計を見れば、まだダンジョンに潜ってから半日も経たないというのに、手足にずっしりとした疲労があった。

「さ、戻りましょ」

 身軽な姉妹が先にドアを開けて出て行こうとするのを、オーガストはよろけながら追いかけた。

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