第4話 金欠ローグ(2)
「だーかーら、オメーはいつまでたっても
ホールに響き渡るギルド長の声に、ノエルは無表情ながらもちょっと縮こまって恥ずかしそうに立っている。
「そう強く言わんで下さい。他のお客の手前、どうぞどうぞと言うわけにはいきませんが、実際ノエルさんの飲食分なんか、商人たちからのワイン代でチャラなんですから」
間に入ってくれる酒場の主人に、ギルド長はいかつい顔で「いいや、ダメだね」とノエルをにらむ。
「しおらしいフリしてるようだが、反省なんかしてねぇんだからな」
「いや、反省は……している」
しょんぼりとつぶやくノエルは、ギルドから借金をして、そこから今日の飲食代を支払う。
ホントに反省してるなら酒場で皿でも洗ってこい、とギルド長から怒鳴られたローグは、酒場の主人に慰められながらギルドを出ていった。
「はぁ……あれが4ツ持ちのノエルか」
ギルドにいた面々は、同情的にその後ろ姿を見送る。
「オレのギフトはショボかったから、恵まれたギフトのヤツが羨ましかったけど、あれはキツいな」
「【浪費家】だっけ? あのせいで常に金欠なんだろ?」
「あのさ……オレ、馬屋で
屋台の串焼きの代金が無くて、おばあちゃんに恵んでもらってたのを見た。破けたシャツを縫ってもらうお金が無くて、裁縫屋の前で半裸で靴磨きをしていた。
出るわ出るわの金欠ローグの逸話に、端のほうで耳を澄ましていた3人の少年少女は、危ないところだったと胸をなでおろした。
「やっぱりあのノエル、頭のおかしいヤツだったのよ。熟練の冒険者だって割に、ソロでダンジョンに潜ってるなんて、人格に問題ありますって言ってるようなもんだもの」
魔法使いのメイがきつい調子で言うと、全くですとソフィアも同意した。
「……まぁ、世話にはなったから、あんまり悪く言いたくはないんだけど」
パーティーリーダーを除名し、新たに3人だけのパーティーで登録したオーガストは、その最中にちくちくと受付嬢たちから向けられた「恩知らず」の視線に、少し弱腰でそう言う。
「何よ! だいたいオースが最初にピクシーにやられて総崩れになったせいで、ノエルなんかの言うことを聞くハメになったんじゃない」
「それは……ごめん」
メイのけわしい視線に、オーガストはくやしそうにうつむく。
「べ、別に責めてるわけじゃないわ、次は私も魔法でガンガン倒していくから、オースもしっかりしてよねってことよ。頼りにしてるんだからねっ」
メイが言い過ぎたと後悔してフォローしても、うん、と暗い顔でうなずく。そこに、優しい声でソフィアが言った。
「ねぇ、もう今日は宿を取りましょう。お金は沢山あるんだし、お風呂のある部屋にしませんか? 姉さまもゆっくりお風呂に入りたいでしょう?」
あーん、お風呂入りたいっ! とメイは身をふるわせ、オーガストも嬉しそうにソフィアを見つめる。
「うん。そうしよう」
姉妹が楽し気に風呂で話す声が時々響いてくるのを、オーガストはなるべく聴かないように荷物整理していた。
メイの高くてハッキリした声が「どうやったらそんなに大きくなるのよ」とか「お湯に浮かんでるじゃない」とか言っているのは、どうしたってよく聞こえてしまう。
対して控え目なソフィアの声は、いつも小さくて、よく耳を澄まさなければ聞こえない。見つめるとすぐにそらされてしまう視線も、朝露のように儚い。
3人は、ここより南の方角にある土の町テペロノの出身だ。
オーガストとソフィアが15歳で、メイは2つ上の17歳。しかしメイの方がソフィアより色々小さいのをコンプレックスにしているようだった。
15歳の成人の儀で、最初に【火】のギフトを受けたメイが、絶対に自分は魔法使いになってダンジョンに挑むと言い始めた。
村長の娘だった姉妹に、昔から子分のように扱われていたオーガストは、メイから「だからオースは【騎士】とか【盾】とかのギフトをもらって、アタシを守るのよ」と言い聞かされていた。
かといってギフトは、「あれを下さい」と願って、「さあどうぞ」という物では無い。親の畑を手伝いながらオーガストはそうなればいいねと、曖昧にごまかしていた。
それが先に誕生日を迎えたソフィアの方にまで、回復術士の必須ギフトである【癒し】が発現したとあっては、ただ事ではない。
姉妹はさっそく冒険の旅に目を輝かせているし、村長からも何故か娘たちを連れて行ってくれる冒険者になるだろうと勝手に期待されていた。
15歳の誕生日を迎えるその日まで、毎日教会に通い、どうかソフィアを守れるギフトを下さいとオーガストは祈りに祈った。
そうして授かったギフトは【勇者】。宣言された瞬間の、本当に胸に勇気の火が灯るような瞬間を、少年は忘れないだろう。
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