第3話 金欠ローグ(1)

 武器を抱えて戻ったノエルに、宿の主人は顔をひきつらせて愛想笑いをした。

「おかえりなさい。今回もまた、大量ですなぁ」

「ああ、世話になる」

 軽そうな財布から宿代を払うノエルの後ろから、いつもの3人が顔を出さないのを不思議そうに待つ主人に、銀髪の青年は少しだけ寂しそうに言った。

「オーガストたちは巣立った」

「巣立ったって……まだひよっこもいいとこじゃないですか」

 事情を知らない主人に、非難がましい目を向けられても、ノエルは小さく肩をすくめただけ。

「俺は、人に教えるのに向かない」


 そりゃそうかもしれませんがと言いながら、その様子から感じるものがあったのだろう、主人はそれ以上の詮索をやめて、鍵を2本壁から外してノエルの手に乗せた。

「じゃあ、今日からまた2部屋でいいんですね。……いや、そろそろ3部屋かな。詰め込むのは床が抜けない程度にしてくださいよ」

 善処すると返事をして、ノエルは宿の廊下を進み、扉に鍵を差し込んだ。


 そこは、かつて宿の一室であった場所で、現在は完全な武器庫と化している。さらに奥の一部屋は、扉が開くかも怪しいほど武器で埋め尽くされていた。

 太刀を3本並べたあたりで、ギギと床がきしんでノエルは冷や汗をかく。


 並ぶ武器は、剣、槍、弓、杖など、あらゆる種類が取り揃えられているが、一様に細身で軽量な武器が多い。

 ノエルは引き締まった体躯ではあるものの、さして長身でも、ガタイが良い方でも無い。ギフトの1つである【俊敏】を生かすためもあってか、重量級の武器を好まなかった。

 裏を返せば、彼はこの部屋にパンパンに詰め込んだ武器を「全ていつか自分で使うであろう武器」として収集しているのだ。

 狂ってると魔法使いの少女が言うのもうなずける。


 壁に立てて置いたベッドは、もうどこに、どの向きに置くことも無理なほど床が埋め尽くされてしまった。せっかく町に戻ったというのに、これでは今夜ゆっくり休むための寝床が無い。

 どうしたものかとしばらく思案していたノエルは、そのうちグウとなった腹の音に考えるのをやめて酒場へ向かった。


「アハハっ、クズ肉スープとはしっこパンお待ち、やっぱりノエルだったのね。あいかわらずシケた注文ねぇ」

 壁際の席でおとなしく料理を待っていたノエルの元に、酒場の娘が笑いながら料理を運んでくる。

「聞いたわよ、勇者ゆうじゃのボウヤたちのパーティーから追放されたんだって?」

 申し訳程度に肉の欠片が浮いたスープを口に運びながら、ノエルは目線だけで肯定する。

「パーティーリーダーの追放なんて聞いた事ないって、ギルド長も大笑いよ」

 テーブルによりかかって体を揺らしながら笑い続ける娘に、ノエルは苦労して固いパンを飲み込んでから口を開いた。


ならず者ローグがパーティーを組もうというのが、そもそも無理があった」

「えっ? まだあんたの称号ってローグなの?」

 びっくりしたようにこちらを見た娘に、ノエルはギルドの認識票をひっくり返して見せる。

 裏面には世にも珍しい4つのギフト【器用、俊敏、激運、浪費家】が刻まれ、その下に現在の称号として【ならず者ローグ】と書かれている。

「ダンジョンでの成果は、ゴンゴルノのギルドでは一番って聞いたよ。せめて【ソードマン】くらいは名乗れるんじゃないの?」

「ソードマンは弓を使わないし、ランサーはクナイを投げない。だから俺の称号で一番ハッキリしてるのはローグなんだそうだ」


 ならず者の烙印を押されても、年端もいかぬ少年たちが追放だと騒いでも、まるで意に介さないように黙々とスープを飲み干すノエルに、酒場の娘は小さくため息をつく。

 一度厨房に戻ると、豆と肉の煮込み料理をそっとテーブルに置いて「サービス」とつぶやき、スプーンを握ったままのノエルを、壁に押し付けるように背中で体重をかけた。

「……?」

 やわらかな重みを受けて、青年はそのまま困惑して固まる。

「たまには自己主張しなよ、言われっぱなしになってることないんだからね」

「…………?」

 全く何を言われているのか分からない、という顔のノエルに「だめだこりゃ」とトレイでポコンと頭を叩いて立ち去っていく。

 

 首を傾げながら、ありがたく豆料理を食べ始めたノエルの元に、行商人が素早く駆け寄ってきて、テーブルの上に投げナイフを並べはじめる。

 皿を押しのけて、一本ずつを丁寧に見比べはじめたノエルは、やがてそのうちの2本を手にとって、その場で代金を支払った。その後も、薬売りやマジックアイテムを扱う商人が度々売り込みをかけ、それらはほとんど商品も見ずに追い返される。


「いや、ノエルさんが来てくれると、物売りからも酒代が取れて儲かりますよ」

 えびす顔で酒場の主人がノエルのテーブルにやってきて、伝票にスープとパンと豆の煮込みを書き込んだ。ノエルはその間、手のひらに乗せた財布の中をじっと見つめ、黙って汗をかいている。

「では、お代を頂戴しますね。銀貨3枚と銅貨15枚です」

「すまない、金が無い」

 ひっくり返した財布から、銅貨が2枚転がり出る。うんうん、と酒場の主人は慣れた手つきでノエルの肩を抱いた。

「ギルドに行きましょうか」

「……行こう」

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