第15話 最低最悪のデート

 夜の王都。

 特に歓楽街は華やかだ。


 色とりどりの光魔術が路地を行き来する烏合の衆を照らしている。


 数分歩けば近くの巨大な商会地区にもつながっている。

 だからこそ、おそらく巨大な商会から漏れてくる光とも相まって、昼のような明るさを放っていた。


 馬車から降りて、オフィリア王女は強引にオレの腕を取った。


『私について来てくださいっ!』

 

 一方的な宣言をして、オフィリア王女は颯爽と歩き始めた。


 てっきり大通りのどこかの店に入るのかと思っていたがどうやらそうではなかった。


 ほとんど人影もない路地裏だ。


 行きつけのお店に入る常連客のように抵抗なく薄暗い路地裏を歩き続ける。


『お、おい!流石にどこに向かっているのかくらいは教えてくれないか?』

『ふふ、その「汚い」ローブのままでは、舞踏会に行けないでしょう?』

『そうだが……』

『着きました!ここです』


 そう言って立ち止まったオフィリアの視線の先には、周囲の薄暗さを引き立てるようにひっそりとした服屋が佇んでいた。


 王宮御用達の服屋なのか……?


 オフィリア王女はチラッとオレのことを見たが、すぐに店内へと足を踏み入れた。


 それからの数十分は着せ替え人形の気分だった。


『この服がお似合いですよ?』

『いえ、やっぱりこっちでしょうか』


 などと様々な服を試着させられた。


 結局、押し切られる形でジャケットとスラックスのセットアップを購入することになった。


 初めはジャケットのサイズだけを測っていたのだが、職人のような厳つい風貌の男によって、いつの間にか全身を測られてしまった。


 その測っている最中のことだった。

 

 突然、更衣室が開いた。


 上半身を脱いだままだったが、オフィリア王女はオレの状態なんて歯牙にもかけずに意味深に微笑んだ。


『ふふ、汚してしまったローブはこちらで処分しておきますね?』

『あ、ああ』

『ふふ、(近い将来に)私の隣を歩くことになるのですから、このくらい当然ですよ』

『いやオレは――』

『さあ、次はお食事にしましょっ!たまたま、偶然にも、近くにあるおすすめのお店を存じておりますからね。それに――待ち合わせまではお時間がまだまだあるでしょ?』


 そう言って、急かすように魔術で仕立てたばかりのジャケットとスラックスへと着替えて、オレは王女様に半ば強引に連れて来られた。


 そして現在。

 オレはオフィリア王女と二人きりで食事をしていた。


 夜景の見えるお店だ。

 それになぜかオレたち以外空席となっている店内。


 オレとオフィリア王女――二人だけの音しか聞こえない。


 二人だけの空間。


 まるでこの世界にはオレたち以外に存在しないかのように思えてしまう。


「どうですか?」

「……おいしいよ」

「ふふ、それはよかったです」


 オフィリア王女は嬉しそうに口元に笑みを浮かべた。

 青白いドレスにからは、色白い鎖骨や胸元が露出しており、ガラス越しから差し込む月の光や街中からこぼれてくるネオンの光に照らされている。


 ――いやいや、こんな夢見心地のような変な雰囲気にのまれている場合ではないだろう。

 とっととアンナと仲直りをしなければならないんだ。


 もう少しでハルミントン家が安泰となるのに……簡単に諦めてたまるものか。


 一応、先ほど魔具でメッセージを残しておいたが……今の所、返事はない。


 一番手っ取り早いのは、直接、オフィリア王女から説明してもらうのが早いのかもしれない。

 でも、この王女様のことだ……余計なことをするに違いない。

 だから絶対に引き合わせるわけにはいかない。


「あんた……いやオフィリア王女。申し訳ないんだけど、オレはそろそろシュナイダー卿主催の魔術舞踏会に行く――」

「ふふ、アンナ様の誤解をとかなければなりませんね?」

「……ああそうだな」


 ラベンダーの瞳が濁っている。

 

 どこか諦めたようでいて、それでいて悔しそうに下唇を噛んでいる?


 すぐにきれいな笑みを浮かべた。


「さあ、こちらのワインもお飲みになって?」

「ああ」


 くっそ……意味がわからん。

 

 オレは誤魔化すように口をつけた。

 するとオフィリア王女は満足げに「ふふ」と笑みを浮かべた気がした。


 程なくして食事を終えて、なぜかオレはオフィリア王女に先導されるようにして馬車へと戻っていた。


●△●△●


 ほとんど揺れることもなく馬車が動き出したようだ。

 

 オフィリア王女のせいで道草を食ってしまったが、幸いにも変更となった待ち合わせ時間である20時まではまだ半時ほどあるはずだ。


「――っ!?」


 平衡感覚がなくなった……?

 いや、気のせいか。


 なんせオフィリア王女は涼しそうな顔でオレの隣に座り続けている。

 だから単にオレの気のせいなのだろう。


 それにしても……やはり今すぐにでもアンナに会って謝りたい。


 だからこそ、呑気に馬車に乗っている場合ではない。


 近くの停留所で降ろしてもらうべきか。

 消費量はとんでもないが、転移魔術を使うべきだろう。


 いや、その前にそもそも、あとどのくらいで目的地に辿り着くことができるのだろうか。

 

 オレは一度も目的地を運転手に伝えていないよな……?

 オフィリア王女はオレが最終的にシュナイダー卿の屋敷に向かっていることは知っているようだが……


 やっぱり何かがおかしい。

 何にしても、まずは運転手に状況を聞くべきだ。 


 立ち上がり――魔具へと手を伸ばしたところで、背中越しに透き通る声が聞こえた。


「ねえ、シュウ様、何をなさろうとしているのですか……?」

「――っ!?」


 手から滑って、魔具が落ちてしまった。

 パタンと床に敷かれたカーペットの上に落ちた。


「もしかして、馬車の行き先を変更したいのでしょうか……?」

「そんなところだ」


 濁った瞳が、反射した車窓越しにじっと見ていた。


 艶かしく色白い胸元の前で、腕を組んで立っている。


 あれ……?

 視界が霞んできた。


 わずかに頭の奥が押されるような圧迫感もある。

 

 車窓に手をついて、寄りかかるようになんとか身体を支える。

 

「……どうかしましたか?」

「いや、俺のことはいいから——」

「あらあら……汗もびっしょり流しているじゃないですか?」


 口元を歪めて、オフィリア王女がオレの背中をさする。


 オフィリア王女の少ししっとりとする掌が、ゆっくりと動く。


 だめだ……視界がぼやけてきた。

 それに足に力が入らない……力が抜け落ちていくような脱力感が襲ってきた。


 車窓に反射して、オフィリア王女の後ろに赤髪の運転手さんが控えているのが見えた気がした。


 馬車は動いていないのか……?

 それとも別の人物が動かしているのか。

 単に魔術的に完全に自動で動かしているのか。


「どうなっているんだ」

「ふふ、私につかまってください」


 オフィリア王女はオレの腰に手を回した。

 

 耳元で透き通る声が聞こえた。

 甘い吐息が耳元をくすぐる。


「そろそろアンナ様にもシュウ様が誰のものなのか……わかっていただきましょう?」

「何を……言っているんだ」

「ふふふ、さあ行きましょ」


 ……オフィリアの口元が歪んでいた気がした。


 オレの意識は真っ白になった。

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