第16話 馬車での夢現

 ぼんやりとする視界には、なぜかアンナの姿が目の前にあった。


 あれ……いつの間に、アンナと合流したんだっけ?


 お椀型の少し大きな胸を両手で隠しているが、隙間から色白い肌が露出している。

 

 すでに何度か身体を重ねているはずだが、相変わらず裸を見せるのは恥ずかしいらしい。

 

 わずかに朱色に染まった頬とは違って、少しツンとした表情だ。

 ラベンダー色の瞳がオレのことを見下ろした。


「……アンナ?」

「ええ、アンナですよ?」


 なぜかいつもよりも柔らかな雰囲気でアンナは微笑んだ。

 そして一瞬、くぐもった声で何かを言った。


「ほんと——様って——」

「……様?」

「ううん、なんでもない」

「……そうか」

「そんなことよりも、ほら……さっきの仲直りしよ?」


 アンナの桜色の唇が近付いてきて——唇が軽く触れた。


「……ん」


 一度だけではなく、繰り返し口付けを交わす。

 徐々に唇が離れる間隔が短くなり、オレの口内を弄るように舌が絡み始める。


「ん……あっ」


 アンナから溢れる乱れた呼吸がオレの鼓膜をゆらす。

 腰を打つ速さが変わって——締め付けが強くなった。


 今日のアンナはいつもに増して積極的で魅力的だ。

 しなやかなで色白い身体がオレのことを包み込むようで……どこかあたたかさのようなものを感じる。


 あれ……そういえば、瞳の色がいつもと異なる。

 ラベンダー色に染まっているんだ。


 何か魔術でも行使した反動なのか。


 それにアンナの身体はもっとなんというか……スレンダーだった気がする。

 

 それなのに……いや今はそんなことどうでもいいか。

 今はただ快楽に身を任せてしまおう。


「——愛しています」

「オレも——」


●△●△●


「——さま」


 どこからか心地の良い声が聞こえた。

 

「もう……着きましたよ?」

「……ん?」


 頭の奥がわずかにズキズキと痛む。

 それに視界もわずかに霞んでいる。


 あれ……オレはいつの間にか眠ってしまっていたんだ?

 それになんだかやたらと甘美な夢を見ていた気がする。


 いや、それよりも今は何時だ?

 てか、ここはどこだ?


「寝ぼけていらっしゃるんですか?」

「……オフィリア王女っ!?」

「ふふふ」


 オフィリア王女に膝枕されていた!?

 オレはとっさに身体を上げて離れる。


 薄暗い室内、車窓から見える景色。

 

 ……そうだ。

 確かローブを汚されて……

 このままではシュナイダー卿主催の魔術舞踏会に行けない。

 だから王女様からの強引な提案で買い替えることになったんだ。


 それから——食事をしたのか?

 なんで?


 なぜあの時のオレはオフィリア王女に従っていたんだ?

 それこそ……まるで従順なペットのように……オレの意思なんて関係なかった。


 どうしてオレはオフィリア王女の言動が正しいと思い込んでいた?


 いや、そんなことはわかりきっている。

 何か仕掛けがあったんだ。


 もしかして——従属の魔術を使われていたのか……?

 まさか……不自然にオレの唇に触れたあの時に施したのか!?

 

 もしも魔術を使われていたんだとしたら、オレの見た夢は本当に夢だったのか?


 いやいや、従属の魔術は禁忌だ。

 正常な認識や思考を阻害し、術者の言うことを聞かせる禁忌魔術として王族自ら禁止令を出している。


 だからこそ、いくらなんでもオフィリア王女が自ら禁忌を犯すはずはない……よな?


 ダラダラと嫌な汗が頬を伝って流れ落ちる。

 それに鼻をつくわずかな独特の匂い。


 オレの慌てふためく滑稽さを見てだろうか。

 おかしそうにオフィリア王女は口元を隠して笑った。


「ほら、シュウ様、今宵のパーティ会場に着きましたよ?」

「——っ!?」


 そうだ!

 今はこの王女様の火遊びに付き合っている暇はない。

 

 まずはアンナの元へと向かうことが一番だ。


 オレは急いで馬車から降りて、シュナイダー卿主催の魔術舞踏会へと向かった。


 ぼんやりとする思考で考えた二度目の過ちの可能性を否定するように、アンナのことだけを考えようとした。

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