第14話 とある公爵令嬢のお怒り
ほんと——信じられないっ!
婚約者である私――アンナ・クレスファンをさしおいて他の女と密会しているなんて……シュウなんて死んじゃえばいいっ。
……と思っていても、やっぱり私の勘違いだったのかもしれない。
そんな甘い考えが頭の中をちらちらと支配し始めた。
「どうかしたのー?」
「ヤミ……久しぶりね」
ヤミの眠たげな瞳がじーっと私のことを見ていた。
パーティ会場内では、多くの者たちがそれぞれ挨拶を交わして歓談を楽しんでいる。
「さっき通信魔術で話していたのシュウ様でしょー?」
「そうだけど……」
「ケンカでもしたー?」
「近くで……女の声が聞こえたの」
「えー、浮気していたってことー?」
眠たげな瞳がわずかに驚きの色で溢れていた。
魔術学院をトップで卒業したシュウ・ハルミントンがそんな愚かなことをするわけがない。
それに貧乏貴族が公爵家との結婚を間近にひかえているのだから、なおのことそんな愚かなことをしないだろう。
そう言いたいのだろう。
私だってそう思う。
でもあの時――魔術舞踏会の夜のこと。
私はなぜか眠ってしまい学院の保健室で眠ってしまった。
一瞬、シュウ以外の誰かと肉体関係を結んでしまったのかと焦った。
しかし保健室一帯に魔術的な結界で誰も入ることができないようにされていた。
それに着衣が乱れてもいなかったことや……身体的な変化もなかった。
だから眠ってしまった私を介抱するために、きっとシュウが結界魔術を使用することで誰も入ってこなさせないように気を使ってくれたんだと思う。
でも……その日以降、なぜかシュウはまともに目を合わせてくれなくなった。
まるで私と会うことに罪悪感でも抱いているかのような……そんな違和感を感じとってしまった。
シュウは何かを隠しているかもしれない。
もしかしたら一度だけの過ちを本当に犯してしまったのかもしれない。
そんな嫌な想像がよぎった。
でも……結局今日まで聞くことはできていない。
「私だって信じたくないけど……今の私たちの関係性じゃ……」
「あー、王宮魔術師としてお仕事の最中だったんじゃないのー?」
「た、確かにそうかもしれないわね」
「それにほらー、アンナちゃんは、シュウ様との結婚を認めてもらうためにこうして根回しで社交界に頻繁に顔を出しているわけなんでしょー」
「それはそうだけど……」
「だったらー、なおさら彼のことを信じてあげたらー?」
「そう……よね?」
そうだ……信じるべきなんだ。
まだ何も確証を得ていないのに、勝手にシュウのことを疑っている場合ではないわ。
そもそも、シュウが私のことを裏切るはずがない。
だって――私との結婚が破棄になったら、クレスファン家から支援を受けられなくなるということだから。
そうなると、ハルミントン家は破滅することとなり、家族も離散するだろう。
家族想いであるシュウがそんなことをするわけがない。
だからこそシュウが私との将来を諦めて……簡単にリスクを取るようなことをしないはずだ。
そんなリスクを取る場合があるのだとしたら、例えば……私と同等以上の相手と婚姻関係を築くことができる……支援先を見つけたと確信した時だろう。
そうなると、情事に耽ることができる相手は自ずと絞られてくるはずだ。
「アンナ、大丈夫ー?」
「ううん、なんでもないわ」
「そうー?」
「ええ、ほんとに大丈夫だから」
いずれにしても、簡単にシュウのことを手離すことなんてできない。
初めてシュウと話した時に、この人が私にとって必要な人なんだって直感的に感じたことに間違いはないのだから。
実際にシュウと出会って以降、クレスファン家はさらに発展している。
最も相応しい相手……シュウ・ハルミントン。
シュウ以外に、私に相応しい相手なんかいない。
だから今回の目的である……お父様の付き添いもうまくこなさなければならない。
「ヤミ。ごめん、やっぱりさっきの愚痴は忘れて」
「え?うん」
「じゃあ、そろそろお父様のところに戻るわね」
「わかったー。じゃーまたねー」
そう言ってヤミは眠たげ瞳で、立食用のテーブルへとトボトボと歩いて行った。
さて、私もこの退屈な社交の場を立ち回らなければならない。
そして――はやく、シュウとの関係修復する方法を考えないとね。
それに……私も頭を冷やした方が良さそうだわ。
シュウが簡単に間違いを犯すことなんてあるはずがないだから……きっと何かしらの事情があったはずよ。
それくらい頭でわかっていても……むかつくっ!
シュウがこの舞踏会に到着するのは1時間半後。
それまでに話し合えるくらいには冷静になれるかしら。
そんな不安と裏腹に、私はとびっきりの笑顔を作ってお父様へと近づいた。
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