p.22 さらに強くなれた気分です(2022/12/18)
「おや。祝祭日はここを使うわけじゃないのかい?」
「それはそうよ、彼は夜の魔術師なのだもの。勝負は勝負だけれど、家に魔術を繋がれたら、そのあと困ってしまうでしょう? わたくしだって、用心しているのよ」
魔女がおもてなしの会場に選んだのは、ファッセロッタから少し離れたところにある、静寂の森の彷徨えるログハウスだ。
この森は、どの季節に訪れても寂寞と葉を落とした木々が並んでいて、生き物の気配が希薄な、浮世離れした美しさがあった。うっすら雪をかぶる冬は特に美しく、夜には、青白い星明かりが静かに降り注ぎ、簡素だがどこか崇高さのある結晶灯はほわりと灯って小径を照らす。
彷徨えるログハウスというのは、あまり人の訪れのない森に自然発生するもので、「是非に我が森へ! 安心安全なログハウスもご用意しています!」という森の意思表示なのではと一部で囁かれているが、真偽のほどはわからない。
そんなログハウス内は森の守護下にあり確かに安全なのだが、宿泊者を探しているのか謎に彷徨ってしまうので普通に探索していて遭遇する確率は低い。常に正確な位置を把握できるのはその森の管理者だけなのだ。
それでもその森の美しさが凝縮された内装は素晴らしく、人気の観光地でも味わえない、心を満たされるような気分になれると魔女たちのあいだではよく知られている。
魔女はそんな素敵なログハウスを、静寂の森の管理者に頼んで祝祭その日に使えるようにしてもらったのだ。
「そう……」
「あら、がっかりしてしまったかしら?」
彷徨えるログハウスは、お喋りこそしないが意思のようなものが宿っているらしく、以前魔女の家は自分の魂を入れることができないのだと嘆いたことがあった。
魔女はそのことを思いだして首を傾げたが、家は浮かない口調のまま「そうじゃないんだよ」と呟く。
「君は、あの魔術師の物語に興味を持ったのだと言っただろう? ……だから、繋ぎを望まないのが不思議だと思って」
その言葉に魔女は目を瞠り、たっぷり黙ってしまう。
(……驚いた)
この家は時々、魔女自身が理解していない心の輪郭を浮かび上がらせるように、そっとなぞることがある。それはいつだって魔女のためで、土足で踏み込んでくるようなものではなく、こちらに素敵な靴を履かせてくれるような、優しい手なのであった。
魔女はそうすると途端に勇気が出てきて、その靴を履いて見たことのない場所へ行ってみようという気持ちになれるのだ。
「そう、ね。ほかほかするこの温もりは、確かに、これからも続けばいいと思うわ。……でもね」
しかし今回のことは違うのだと、魔女は淡く微笑む。
パチパチと爆ぜる暖炉の炎を瞳に映しても、魔女のこっくりとした葡萄酒色が褪せることはない。それはそれとして存在させられるのが、魔女という、人ならざる者の資質なのだ。
同じように、彼女は自身が優先するものにきっちり線を引く。
「この家は、あなたは、わたくしのものなのよ。森と同じ。魔術に損なわれるのは好ましくないわ」
「……君は時々とても大胆になるね」
「そうかしら? ……ふふ、でもね。あなたがそうやってわたくしのことを気づいてくれて、嬉しかったのも本当よ。大事なものを大事にしたままなら、もう少しだけ、魔術師さんに近づけるのかもしれない」
「…………うん」
『間接的にではありますけれど、魔術師さんのおかげで、より家とわかりあえたような気がします。ありがとうございます。わたくしにもまだまだ新しい発見ができるものですね。残り少ない準備期間ですが、さらに強くなれた気分です!』
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