p.21 魔女は狡猾なのですよ(2022/12/17)

 雪の降り積もった街並みにしとやかな紺青色の飾りが映える。霞むような朝風に包み込まれて、街全体がぼんやりと光っているようにも見えた。

 そんな静謐な色合いが美しい今年のファッセロッタも、朝市の時間帯だけは普段の賑やかさが覇権を握る。噴水広場にずらりと並んだ簡易屋台からは、売り子の呼び声や競りの声、生きたままの商品の鳴き声――この場合はまっとうな意味合いで――が響き、喧騒を作り出していた。

 活気溢れる、夜とはかけ離れた雰囲気ではあるが、魔術師は違和感なく歩いていく。

 それは羽織っているキルティングコートのやわらかさのおかげか、口もとに浮かべた人のよさそうな笑みのおかげか。

 悪巧みをするために身につけた周囲に溶け込む技術だが、とにかく、こうして朝市を歩く夜の魔術師というのは、とてもそうとは見えないほどに爽やかな青年然としているのであった。

「おう兄ちゃん、久しぶりじゃねえか!」

「お久しぶりです。相変わらずお元気そうですね」

「当たりめえよ! ほれ、海の祝福持ちが入ってんだ。見ていきな」

「そうですか? ……じゃあ、少しだけ」

 やれやれと苦笑してみせた魔術師はいかにも「店主の親父に気に入られて断れないが、本人もまんざらではない」といった様子で、周囲の客も二人のやりとりが気になるのか、そろそろと近づいてくる。

 できた人だかりに店主はわかりやすくニヤリとしたが、内心では魔術師も同じだ。

(……これだけ祝福持ちがあるなら海鮮はここでいいとして、肉は裏で確保してある。あとは青果だな)

 さながら商人のような真剣な目つきで魚や貝を選び、購入していくと、たっぷりのおまけを付けられ、他の客からは他店の情報を教えられる。愛想も金払いもよく、さらには目利きとくれば、こうした朝市に集う者たちが好意を抱かないはずがない。

「今日これで味を確かめてからになりますけど、この店の品揃えは信頼していますからね。多分また、祝祭日にも買いにくると思います」

「……おうおう、おめえさんにも浮いた話のひとつやふたつあるだろうも思っちゃいたが、もしやそういうことか? ん?」

「はは、どうでしょう」

 ほのめかすように笑う魔術師の肩を、めでてえなあ! と店主がバシバシ叩く。それを見た主婦たちがきゃあきゃあ声を上げた。

「あらあらまあまあ! それならとびきりの果物が必要ね!」

「お野菜で彩り豊かにするのも忘れちゃいけないわ。女の子はそういうのが好みなんだから」

「そうよ。こんなオジサンに捕まってないで、ほら、あちらへいってらっしゃいな!」

「おいおいひどい言い草じゃねえか」

 好きなように騒ぐ主婦であるが、彼女たちのような者が意外に見落としがちな情報を持っているのだ。魔術師はにこやかに礼を言い、教えられた店へと向かった。


 その日届いたメッセージを見て、魔術師は同意と呆れの入り混じった、妙な表情を作ることとなる。

『毎年この季節になると、雪たちのお話で森が賑やかになるのです。噂話って、すごいですよね。どうしてそんなことまで知っているのかと、驚いてしまうこともあります。そうそう。魔術師さんのお話も届いていますよ。知らないところで自分の話をされていると思うと、ドキドキしてしまいませんか? ふふ。魔女は狡猾なのですよ。ですから、こんなふうに攻撃もしてしまえるのです!』

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