p.14 魔術師さんのことを考えていました(2022/12/10)

 揺り椅子に深く腰かけ、魔女は目を閉じていた。

(……わたくしは、多分、悩んでいるのだわ)

 手の中でくるくる回すのは、今朝がたに摘んだダイヤモンドダストの花。しゃらりと細やかな鈴の音がして、そのささやかさを抱きしめるように耳を澄ます。

 心が洗われるようなこの音も、魔術師は慈しむことなく悪意の中に置き去りにするのだろうか。

 それは悲しいことのように思うと同時に、なぜか安堵の気持ちも芽生えてくる。まるで秤に乗せる重りを選びかねているような、均衡のとれぬ不安定さに対する困惑。有り体に言えば、魔女は自分の感情に自信を持てないでいるのだ。

 そっと目を開き、サイドテーブルに置かれた花籠を見つめる。

 中には手にしているのと同じダイヤモンドダストの花がこんもりと盛ってあった。透けるような雪色の花びらは花芯へ近づくほど青みがかり、静謐な色合いをしている。内側からぽわりと滲み出るのは朝日の光で、魔女はその輝きがもっとも優しく見える一輪を選んだ。

「……オルゴールを」

 魔女が魔法の声で呟くと、ゆるく開いた手の中でわずかに風が巻き起こり、次の瞬間には真鍮のオルゴールが現れる。シリンダーに凹凸はなく、つるりとした表面が暖炉の火を反射していた。

 魔法を含ませながら、選んだ花を揺らす。鈴の音は先ほどよりも儚く、しかし明確に森の香りを持つ。

 丁寧に丁寧に、オルゴールへと写していく。

 花から朝日の光が溢れるたび、シリンダーには精緻な模様が浮かび上がる。魔女が指を振れば、それはすぐにピンの形をなした。

「おや、お客だね」

 音を写し終わった頃合いだった。魔女はその言葉に玄関へ向かおうとして、家が窓枠を光らせているのに気づきそちらへ向かう。

 窓を開けると張り詰めた冷気が吹き込んでくる。ぶるりと身体を揺らす魔女。とたんに窓のあった場所には油膜のようなものが張られ、吹き込む風はぴたりとやんだ。

 魔女は淡く微笑む。

 と、森の木々の上のほうで一点だけ、雪が煙っているのを見つけた。それはだんだん大きく近づいてきて、一直線に開いた窓へと降り立つ。

 ふぁさ、と羽音が鳴った。

「こんにちは、雪フクロウさん」

「やあ、やあ。今年は挨拶がまだだったね。も少し雪の深い時分のほうが本当はよいのだけれど」

 そう言って気取った様子でお辞儀をしたのは、真っ白な毛に覆われたフクロウであった。冬空の青さを宿した瞳を光らせ、胸もとのやわらかな毛をもこもこ揺らす。

 魔女は是非に触れてみたいと思っているが、さすがに今はその時ではないなと我慢した。

「なにか急ぎの用でもあったのでしょうか?」

「そう、それなんだよ!」

 雪フクロウは、たしたしと足を鳴らす。

「夜の魔術師は危険だ!」

 魔女は少しのあいだ押し黙り、それから「えっと」と首を傾げた。

「わたくしと魔術師さんの、勝負のお話ですか?」

「そうだとも! あれは駄目だ。命を粗末にしすぎる」

「そう、ですね……」

「私たちだって、そりゃあ、他の命を奪うこともあるけれどね。ちゃあんとその命に感謝しているだろう?」

 冬空の色をした瞳は、凍てつくように魔女を見つめている。

「いくら君でも、きっと、夜に絡めとられてしまう。私はね、この森に住む者が大事なのだよ。とてもね」

「……雪フクロウさん」

 それだけを言って、雪フクロウは去っていった。

 窓を閉め、またもとの揺り椅子に腰を下ろす。サイドテーブルに置いていたオルゴールにちらりと目をやり、それから、胸の前でぎゅっと両手を握りしめた。

(わたくしがやろうとしていることは、正しいのかしら)

 手の平にちくりと痛みが走り、魔女はいつの間にか不格好な石を握っていたことに気づく。

 それは硝子のとろりとした透明感を持ち、ほのかに温かい。角度を変えると、魔女の葡萄酒色や、遠くの山々の青墨色が揺らめいていた。


『今日はずっと、魔術師さんのことを考えていました。そして、なにか答えを見つけたような気がします。ちなみに知恵熱は出ていません! わたくしも成長しているのです』

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