p.12 満月の夜は戦いなのです(2022/12/08)
『昨日は薬湯のことを教えてくださってありがとうございます。おかげですっかりよくなりました。今日はどうしても外せない用事があるので、ほっとしています! ……いえ、遊びの用ではありませんよ。満月の夜は戦いなのです!』
昼過ぎまでたっぷりと睡眠をとった魔女は、起床するなりそうメッセージを書いてふふんと腕まくりをした。
(今夜は忙しくなるわ……!)
今夜は満月だ。それも祝祭前の、あらゆる物に力が満ちる特別な夜。
魔女は普段から満月の夜に必要なものを集めているが、祝祭前のその日だけは月が昇ってから沈むまで、夜通し空を駆っていく。
『油断しているとまた熱を出すぞ。火の精の加護のある服は持っているんだろうな? あれこれ言うつもりはないが、病み上がりだということを忘れるなよ』
すぐに返ってきたメッセージを確認して、魔女はこのあと着るつもりで出していた火の精特製のタイツと綿入りガウンに目をやった。着膨れして動きにくくなる前に、まずは他の準備をしてしまおうと思う。
ベルトに装着するのは、魔法の杖とコンパス代わりの
魔法水晶の蓋がついた空きビンをたくさんと、黒石、それから小腹が空いた時用の焼き菓子に、レモンと生姜の温かいジュース。こちらはあとで箒にくくりつける籠へ入れた。
「ちゃんと着込んでいるかい? 火の精の綿が入ったガウンはあるね?」
「ふふ、魔術師さんと同じことを言うのね」
「え」
「いきなり二人のお母さんができたみたいだわ」
「……お母さん」
「勿論、想像でしか知らないけれど。身体だけじゃなくて、心もぽかぽかするものなのでしょう?」
ぽかぽか、と復唱したきり黙ってしまった家に、魔女はもこもこ着込んだ服を見せて「行ってきます」と呟いた。
黄みがかった月光が青く雪を纏う森の木々を照らし、複雑な色味を織りなしている。満月によって作られた月影は濃く浮かび上がり、なにかよくないものたちが満月の力を求めて騒ぐのを、魔女は横目で見ながら通り過ぎる。
(まずは湖に行って、黒石を浸けましょう)
ファッセロッタの街を望む山の湖は魔法の要素が溜まりやすく、魔女はなにかと利用する。豊かな魔法の動きに、今夜は妖精だけでなく、獣や草花もざわついていた。
青よりも青い水面に真ん丸の月が映る。
光を吸収する黒石に魔法の網をかけて沈めると、早速ぽわりと月明かりを吸い込んでいく。
魔女は一瞬、その美しさに見惚れ、しかし時間を使いすぎてはいけないと箒に跨がり飛び立った。
空にいちばん近い木が集めた光、月明かりを写し取った重さで落ちた木の実、狼の遠吠え、雪だるまを覆う月影、満月の夜にのみ交尾をする蝶々の鱗粉、死者の彷徨う小路の香り――。
特別な夜に集めた要素はすべて特級品だ。魔女は予定していた採集をなんとか終え、ビンの中でたぷりと揺れる液体や籠いっぱいに紡がれた結晶石は静かに煌めく。
(やっぱり素晴らしい輝きね。祝祭でこの豊かさを誰かと一緒に楽しめるのは、なんて温かなことなのでしょう!)
誰も見ておらず、また、汗をかいたわけでもないが、魔女は満足げに汗を拭うような動作をしてみせた。
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