p.11 初めてのことで驚いています(2022/12/07)
「は……?」
送られてきたメッセージカードの内容に、魔術師はふるりと首を振り、それからもう一度、手元のカードに視線を落とす。
『昨日はメッセージを送れずにごめんなさい。熱を出してしまい寝込んでいました。家人は知恵熱だと言うのですけれど、初めてのことで驚いています。どうやらわたくしは、今まで、考えるということをろくにしてこなかったようです……』
何度かその言葉を読み返し、ようやく意味を飲み込めたところで、結局大きなため息を吐いた。
(魔女は丈夫なんじゃなかったのかよ)
そう呆れつつ、魔術師の手はすらすらと返事の言葉を書いていく。
『薬は飲んだか? 熱が下がっても、薬湯はしばらく飲んでおいたほうがいい。知恵熱なら、通常の薬湯に乳幼児の香りと本棚のある部屋に差し込む日光、紙にペンを走らせる音かペンで紙を突く音を加えろ。それから自分の好きな花につく朝露を入れておくとぶり返しが減るな』
少し考えて付け足した。
『不調で勝負がなあなあになるのは困るからな。くれぐれも身体を冷やすなよ』
書き上げたカードを台紙に挟み、ぽうっと若草色に光るのを確認する。そこまでしてから、魔女にも薬湯の知識くらいあるだろうと気づく。
(……まあ、これも魔術の縁にしておけばいいか)
毎日少しずつ紡いできた糸は、すでにそれなりの分量があった。そろそろ次の段階に進めるだろうと魔術師はひとつ頷き、古い魔術書を開く。
黄ばみはあるが、彼の元へきてからはきちんと手入れがされているので、埃や汚れはついていない。ページをめくるたびにナッツのような香りがふわりと漂い、しばらくするとそこに珈琲豆の香ばしい匂いが混ざり始めた。
「ご主人サマ。珈琲、できタ」
「置いとけ。……ああそうだ、今日はルファイのレストランで働いてこい」
「……ルファイの人、厳しイ」
魔術師は特別に人形を愛でる趣味を持たないため、魔術人形のつくりはいたって簡素だ。よって人形のこさえる表情は一定だが、どこかじとりとした気配を向けられた魔術師は渋面を浮かべる。
「……おい」
「絶望のシロップ……」
見つめ合う魔術師と魔術人形。
互いに一歩も引かないという意思を見せているが、この場合はたいてい、本能のままに動く人形のほうが若干有利だ。
このままでは埒が明かないと、理性ある人間は折れてやることにした。夜の魔術師にとっては、人を絶望させることも、それを集めてシロップに煮詰めることも、そう手間ではない。
「お前最近生意気だぞ」
萎縮されても面倒だと思って主の力に対する耐性を持たせたが、存外に不平不満を漏らすので、失敗だったかと悔やんでいるところだ。口に含んだ珈琲の微妙な味も相まって、その思いはさらに増す。
「それと祝祭までに旨い珈琲を淹れられるようになっとけ」
「…………」
「……魔女の髪も追加してやる」
「頑張ル!」
嬉しそうにひょこひょこ跳ねている魔術人形を眺めながら、さてどの魔女を壊そうかと魔術師は企む。彼にとって森の魔女が上等な獲物やとっておきのデザートだとすれば、そこら辺に転がる石ころのようにどうでもよい魔女も存在するのだ。
(確か、すじ雲の魔女で遊んでいた遊戯盤が潮時だったな。あれの髪は淡色だが、こいつは喜んで食うだろ)
実のところ、魔術人形は魔女の髪を好物としているのだが、ややこしくなるだけなので魔女には言わないでおこうと思う魔術師なのであった。
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