p.10 なんて難しいのかしら(2022/12/06)

 ――魔女と魔術師の勝負を知ってる?

 ――森と夜のお話でしょう? 素敵な景色なのだから、いっそ混ぜちゃえばいいのに。

 ――駄目よ。夜はとっても獰猛なのよ。魔女はきっと許さないわ。

 ――あら、あたしは好きよ、そういうの。

 魔女はさくりさくりと雪を踏みながら、きゃあきゃあはしゃぐ雪たちの声に耳を傾けていた。

 雪は音を吸収して、耳が痛くなるほどの静けさを作り出すが、時折こうして溜め込んだ音をぷはりと吐き出しては言葉を紡ぎ、噂話を楽しむ。これまでにも雪が魔女の噂話をすることは幾度となくあったが、特定の誰かとの話を紡がれたことはなく、新鮮な気持ちがした。

(ふふっ。わたくしは別に、怒っているわけではないのに。それに彼だって…………どうだろう、この前は呆れていたような気もするけれど)

 律儀に手書きをしているのか、魔術師からのメッセージには感情が滲むことが多い。

 魔女はそこから相手の表情を想像して、頭の中で続きの会話を繋いでいくのだ。魔術師とメッセージのやり取りをするようになってから、その楽しさを知った。

 人間が髪を食べるというのは魔女の勘違いであったが、だとすればあの表情はどのような意味だったのか。魔女がメッセージで訊ねても答えをくれなかったので、もしかすると恥ずかしいのかもしれない。彼らはとても複雑で、その謎を紐解いていくのも面白そうだと思う。


 歩きながら集めていた雪の気配が十分な量となったところで、魔女は踵を返した。

 行きと同じ道を辿れば、そほりと足跡が崩れる。箒を呼んでもよかったのだが、なんとなくの気分でこのまま歩いて帰ることにする。

 ――でもそうね。森の魔女は清廉だもの。

 雪たちは、今日はとことん魔女と魔術師の勝負について語り合うつもりらしい。さて、この噂を聞いたなら、魔術師はどんな顔をするだろう――と考えかけたところで、魔女は首を捻った。

(……不思議。彼と向かい合った時間なんてほんの少しで、けれども、思いはちゃんと積み重なっているわ。それは、メッセージで言葉を交わすことに加えて、普段から魔術師さんのことを考えているからかしら)

 長命の魔女は、その場にない物事に対して思考を巡らせることなどしない。そのときのことはそのときに考えればよいのだから、ただ自然に寄り添うだけでよかった。

 それが今はどうだろう。祝祭にて魔術師をもてなそうと作戦を練るだけでなく、想像力すらはたらかせている。

 なるほどこれは人間らしいと、魔女はひとり頷いた。

(人間というのは、こういうふうにして、心を通わせてゆくものなのだわ……!)

 はふりと吐いた息は白く煙って朝日に溶ける。透き通った吐息には、きらきら心を弾ませるような余韻があった。

 しかし魔女にとって予想外だったのは、人と人との関係性にはいくつもの形があるということだろうか。魔女が家に帰るまで続いた雪たちの噂話は、美しく咲き誇る薔薇のよう。色や咲きかたの異なる種類や、ちくりと傷を与える棘の存在を、彼女は知らない。

 ――夜の魔術師は愉快なことが好きなのよ。あたしが思うに、魔女は彼の好みじゃないわ。

 ――のんびりしているだけで、つまらないもの。

 ――そうそう、つまらないもの!


「それで心配になってしまったんだね。大丈夫。君をつまらないだなんて思わないよ」

「……本当に?」

 帰宅した魔女は随分と疲れた顔をしていて、心配した家はすぐさま事情を聞いた。

 温もりに満ちた家の言葉はひたりと魔女の心に染み込み、また、やわらかな綿菓子のように包んでいく。

「本当だとも。でなければ、君が引っ越すたびについていくはずがないと、思わないかい?」

「そう、よね……」

 魔女は、はあと大きく息を吐いた。暖かな家の中では、ただ火の爆ぜる音と混じり合うだけのため息。

「……人と関わるのは、なんて難しいのかしら」

「今からでも勝負なんてやめてしまえばいいよ。魔術師のひとりやふたり、君ならどうとでもできるだろう?」

「そっ、そういうわけにはいかないわ!」

 自ら設定したこの勝負で、どうしたいのか、どうすればいいのか、魔女は悩むことに必死で、この日は知恵熱を出して寝込んだ。

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