複雑な家庭事情
「ええと、ちなみにわたしの目に関しては、どうだったかな?」
魔力を持たない菫の、見えないものが見える『窓の目』。
かつてその所業にて、鬼の反感を持たれたらしい継片家の『地獄荒らし』。
そのどちらも、菫とアルカでは調べる術はなかったため、まとめて昴生に任せていた、けれど……。昴生の表情はやや渋い。
「……。結果だけ伝えると、『窓の目』と『地獄荒らし』に関してわかったことは何もなかった」
「えぇー」
「お家の事も何にもわからなかったの? 家族の人にすっとぼけられた?」
「ずっと昔のこと過ぎて、誰も知らなかったとか?」
「うーん、でも魔術師のお家って知識を大事なものとして受け継がせてるんだよね?」
「あ、そっか。鬼に会ったことがあるなら、それを隠す必要とかないか。逆に自慢出来ることじゃん?」
「鬼さんの反応を見ると、あんまり自慢出来る事してないのかも……でも、うっかり会っちゃうと大変だよーとか注意はしないと、何もわからないうちに殺されちゃうかもしれないよね」
菫の目に関しては空振りなのは予想通りだった。
元々、夏から半年かけて情報の糸口すら見つからなかったのだ。『窓の目』というキーワードから情報の洗い直しで、やはり引っかかるものはなかっただけ。
だけど、『地獄荒らし』については何かわかるのではないかと思っていた。昴生も実家は何かをやらかしかねない心当たりがある様子だったのに。
菫とアルカはお互いに疑問を投げ合うもわからず首を傾げ合い、昴生に視線を向ける。
「……今、継片家の家長は僕の父だ。次に我が家に見識深いと思われる祖父と母と、ゆかりさん、静穂さんがいて、それぞれに話を聞いたんだが」
「ん? ゆかりさんと静穂さんは、親戚の人?」
「ゆかりさんは法的に父の妻で、僕の母と静穂さんは愛人に当たる」
「あいッ……!?」
「ひわぁ……」
突然の爆弾発言は、ごく普通の女子高生にはやや刺激的過ぎた。
フィクションでしか聞いたことのない愛人。それが二人もいて、おそらく一つ屋根の下で暮らし、祖父と妻とも当然同居していて、目の前のよく知る少年が愛人の子。
あまりにも別次元過ぎる家庭事情の一端を知って、菫は好奇心をくすぐられ顔が熱くなった。どうしよう、もうちょっと詳しく聞きたい。
「法律で一夫多妻は認められていないからな。前提として、感情的要因で情報を秘匿する人達ではないと理解した上で……話の本筋に戻すぞ」
「あ、はい」
よほど興味津々な顔をしていたのか、じとりと睨まれた。反省。
しかし好奇心は燻ったままで、頭だけ冷静になってみると、継片家の不思議な部分が浮かぶ。
昴生の父が恋多き人なのか。それにしたって一人は結婚して二人は愛人で揉めたりしないのだろうか。昴生の祖父が誰の父にあたるのかわからないが容認しているのだろうか。もしや、祖父もかつて妻と愛人を囲っていて継片家では常識なのか。
……昴生が、妻を娶り、愛人を持つ。
どうしよう、全然想像がつかない。悲観的な意味じゃなくて、無理に想像しても奥さん全員怒って呆れて実家に帰ってしまう。どうしよう、可哀想。どうにか、どうにかふさわしい人物像を……。
コン、とテーブルを指先で叩く音が鳴り、菫は妄想の中から現実に戻ってくる。音を立てた昴生の冷たい視線と再び目があった。反省。
「五人の回答は揃って、『当主のお戻りを待ちましょう』だった」
「……当主?」
「えっと、当主って、昴生くんのお父さんかな? それともお母さん……じゃなくて、妻のゆかりさん? もしくはおじいさんだけど、魔術師はまた違ったり……?」
「父のはず、なんだが……」
困惑しているのは菫だけではなく、家族の一員である昴生もそうらしい。まるで意味がわからない。彼の家族である五人の回答は、全員が自分は当主ではないと言っているようだ。
「……? じゃあ、当主って継片?」
「それだとお戻りって意味がわからないなぁ、昴生くん毎日おうち帰ってる、よね? あっ、実家を出て自立してるお兄さんかお姉さんがいるとか?」
「妹しかいない」
「えっ、妹さんいるんだ! ……実は妹さんが超優秀で、今外国の大学を飛び級進学中とか?」
「よくそんな突拍子もない発想が出来るな」
「そんなことないよ。昴生くんが成績上位なんだから」
「……妹達は今日も家で過ごしているし、魔術師に関する才覚も知識も当主となるには力不足だ」
妹さん、二人以上いるんだ。
思わぬところから彼の一面が明らかになり、菫は嬉しさが込み上げてくる。本題からずれてしまうからあまり踏み込めないが、いつかタイミングを見て聞こうと飲み込む。
結局、わかったのは継片家の家庭事情が複雑であり、誰だかわからない『当主』がいないと情報を引き出すのが難しい事だけだ。
「勝手に家探ししたら、そういうの書いたノートとか出てきたりするんじゃない? 婆さんは通帳と暗証番号のメモ一緒にしてたし」
「お婆さんのそれ、やっちゃ駄目な管理……でも、大事な事なら書き置きはありそうだよね。さすがに家族の人に内緒で家探しはちょっと……」
そもそも、地獄荒らしという響きから良い印象がない。墓荒らしとか空き巣みたいな泥棒を連想してしまう。書き置きも『証拠の残らない地獄への不法侵入&脱出方法!』みたいなマニュアルかもしれない。嫌すぎる。
もっと前の先祖が犯した罪とかで、今の彼の家族が恥を掘り返すつもりはない、と隠してるとしたら、心底同情する。でも情報は欲しい。
まず、地獄荒らしに関してはそれほど重要ではないのだ。
鬼の言っていた昴生が纏っているという、地獄を潜った者の死の穢れ。それが彼の命を脅かす原因ではないか、そこから解決の糸口を掴めないか。そのために調べてもらっていたのだ。結果は空振りだったが。
だけど、もしも彼の父や祖父が、彼と同じように死の穢れを被っていて今も存命であるのなら、死を回避する何らかの術はあるのかもしれない。
悶々と考え込んでいた菫は、首を回して頭からアイデアを振り出そうとしているアルカと、こめかみを指で押さえて押し黙っている昴生をそれぞれ見る。
「……正直、不可解な事が多く、情報を整理したい。不要だと判断した場合でも経過は報告する。少し、時間がほしい」
「もちろん。何か手伝えそうな事があれば相談してね」
そんな会話で締め括られた、一月後半。
時間が流れ、二月はバレンタインシーズンで復帰した途端アルバイトの繁忙期と重なり、チョコレートを手渡した際も、まだ半月程度だからと進捗を問わず。
三月は学年末試験が迫った頃は、勉強ばかりしていた。このあたりから、『地獄荒らしの件どうなっただろ』と思い出す頻度が減り、またチョコレートを渡す際にホワイトデーのお返しは不要だと伝えていたため、思い出すタイミングをいくつも逃した。
学校外で織部宅で集まり、魔術の勉強も学業もそれぞれ進めていたが、会話に上がることもなく、進級でクラスが分かれた事で物理的な会話も減った。
そうしてふと思い出して逸る気持ちが湧くも、『何も言ってこないし、まだ調査中なんだろう』と落ち着けてさらに待ち、四月、五月……。
――いや時間かかりすぎじゃない!?
「へぶっ!」
ふと思い出したのが、飛んでくるバレーボールをレシーブで受けようとしたタイミングだった。
でも何も言ってこないし……と、いつも通りそこで思考が止まる予定が、もう四ヶ月も過ぎようとしている事実に気付く。
今年中に何とかするべき問題なのに、四ヶ月の停滞はさすがに悠長過ぎる!
動揺した結果、後退する一歩が、腕の角度が、ボールを受ける位置がそれぞれ僅かにずれ、変な跳ね方をしたボールは菫の顔面を直撃した。ボールはそのまま地面に落ち、菫もコートの真ん中で膝から崩れ、ゲームセット。
「わー! 織部ちゃん大丈夫!?」
「ドンマイドンマイ、頑張ったよー! 大丈夫、――じゃないね!? 鼻血! あー下向いて、下!」
「せんせー! 先生~!!」
試合終了のホイッスルが響く中、負けてしまったチームのクラスメイト達が菫を案じる声をかけ続けていた。
そうして、菫の二年生の球技大会は幕を閉じたのである。
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