球技大会の帰り道
『球技大会も体育祭もやったほうがいいけど、生徒が増えて校庭も体育館も広さが足りない……俺の母校、ど田舎で馬鹿広くて生徒数少なくて何なら他校と戦ってたから実体験が何の参考にもならん……。今時の学校はどうしてるんだ? えっ、二、三日に分けてやったりしてる!? だっっる! 残りの二日間初戦敗退したチーム何やってんの!? あぁ~~広ければ何にも問題ねぇのになぁ……よし、借りるか!』
という学園長の計らいにより、高校から電車を乗り換え二十分。少し離れた大きなスポーツ施設を貸切した球技大会が行われている。
移動がだるいと不満を零す生徒の声はもちろん聞こえるが、敗退したチームはそのまま帰宅する事も認められているため、あまり球技を得意としない生徒は肯定的だ。別球技で戦うクラスメイトの応援に行けたり、早く帰れるので嬉しかったりする。菫もその一人だ。
去年の初戦敗退に続き、今年も二戦目で負けたので午前中で終わった菫は救護室にいた。
「アルカ大丈夫? まだ具合悪い?」
「ん~……駄目そう。試合に戻れないし、このまま帰る。菫は鼻血もう平気?」
「うん。完全に止まった」
アルカはバスケチームとして振り分けられていたが、駅に着くや否や体調不良を訴えていた。人数足りなくなるからと無理を押して競技に挑むも最後まで走り切る事は出来なかったらしい。
熱や痛み、脱水症状など不調の要因はなく、ただ気怠く動くのが億劫なだけだと、快復を期待しながらベンチの上で安静し、時刻は昼。期待は叶わなかった。
菫は試合の最後、顔にボールを当ててしまい、傍らでアルカの話を聞きながら止血を終え、持参したおにぎりを頬張っていた。
「貧血とか電車酔いじゃなくて、どこか良くないのかな?」
「んー。でも動けるし、食欲もあるよ。大丈夫大丈夫」
「家変える前に病院寄る? 付き添うよ。この場合内科かなぁ。だるい他に症状ある?」
「なんだろ、目は覚めてるけど眠い? あとはなんか足裏からじわーって血が少しずつ抜けてる感じ? それがちょっと気持ち悪いかな」
「ンぐッ、ちょっと失礼」
呑気におにぎりを齧りながらとんでもない自覚症状を告げられて菫は米を詰まらせかけた。急いで飲んだ。
アルカの前に膝をつき、持ち上げた両足から靴下を脱がせて足裏を見るが、怪我はない。血色も悪くない。綺麗な足だ。
「怪我はない、ね?」
「あ。なんかそっちの足はちょっとマシになったかも」
そっち、と指差したのは菫が持ち上げている片足だ。スニーカーの上に乗せたもう片方の足との違いは見当たらない。
「何だろ? 持ち上げると血の巡りが良くなる、とかなのかな?」
「わっかんない。とりあえずこのまま寝ててもよくならなさそうだし、先生に謝って帰っちゃお」
「ん、無理しないんだよ」
結局アルカの不調はわからず、昼食を終えた二人は午前中に敗退した生徒達より少し遅れて体育館を出た。
「……ごめんね。菫、午後からも応援とかしたかったんじゃない? その、継片とか」
「えっ、何で?」
「えっ」
スポーツ施設から離れて駅までの途中、体育館が見えなくなってきたところで突然謝られた菫はよくわからず、アルカも聞き返されるとは思わず、お互い目を合わせて沈黙した。
先に耐えられなくなったのは菫だ。珍妙な空気に噴き出す。
「あはっははは! ごめん、本当に全然気にしてない事だった」
「えぇぇ~? 普通は見たくなるもんじゃないの?」
「言われてみたら見たくなったけど、アルカの体調のほうが気になってたからなぁ。あと、なんか負けちゃったっぽいよ」
試合終了後、血が垂れないように鼻を押さえつつ救護室に向かう途中、一年の時同じクラスだった男子達が負けたーと嘆いていた。
心の中でお疲れと思いつつ、聞き流すつもりだったが「っていうか継片さ、途中から手を抜きまくってなかった?」という言葉を拾って思わず聞き耳を立てた。
男子達の中に昴生の姿はなく、ロッカーに預けていた鞄を持っているところから、友人同士で帰宅するところのようだった。そのあとも「サボりたかったんじゃね?」と特に話が膨らむ様子もなく、立ち去っていった。
菫も、先に帰っちゃったのか、とそのくらいにしか思わず、止めた足を救護室に向けて再び動き出した。
そんな出来事から、彼も敗退して既に帰宅している事を説明すると、アルカは失望したと言わんばかりの表情を浮かべる。
「うわ……がっかりだよ。あいつ運動出来るくせに、チーム戦でわざと手を抜くとか、がっかりだよ」
「それは確かに。でも本当に用があったのかも? 去年はうちのクラスが男子バスケ優勝だったし」
嘆いていた男子は去年の優勝に貢献した一人だった。その経験があったからこその嘆きだったのかもしれない。
しかし彼が球技大会に本気で取り組むとは思えないので、去年も程々にやる気を出し、チームメイトの足を引っ張らず、そつなくこなして優勝を得た、そんな気がする。
「どっちにしたってクズじゃん。……まぁ、試合途中から出れなくなった私が言えた口じゃないけど」
「まぁまぁ、体調悪い人を責めたりしないよ。もし怒られたら来年にリベンジしますとか、ひたすら謝るか、どっちかかなぁ」
「来年……」
自責するように落ちたアルカの声が、さらにワントーン沈んだ。
「……菫は、もう提出した? 進路希望」
「ん? 全然まだ。そう聞いてくるなら、アルカもまだ?」
「……そりゃ、考えらんないよ。将来の事なんて」
俯きがちなアルカの横顔を見て、菫はからかいかけた口を縫い付ける。
そして、そんなに悩む事なのだろうかと疑問に思う。
横から見ても形の良い鼻と小さな顎のライン、伏し目の青い瞳は下を向いているが金色の長い睫毛は毛先が上向きに伸びている。改めて思う、とんでもない美少女だ。正直どんな道を選んでも、彼女に合わせて道の方が輝き出しそうだ。
「……菫、今ちょっとアホな事考えてなかった?」
憂いを帯びた横顔から、非難するような視線が流される。
「え? 真面目にアルカの将来考えてみただけだよ。何かすごい賞のトロフィーとか王冠被ってそうだった」
「絶対アホな事だ! そうじゃなくて、将来の話……というか、来年の話」
アルカが足を止めると菫も立ち止まって振り返る。平日の昼過ぎ、車は通り過ぎるが通行人は二人だけだった。
「菫は言ってたよね。もしかしたら、鬼が笑った理由は三人とも年を越せないって意味じゃないかって」
「うん。もしも、を考えたらキリがないけど、一番悪いもしもは、わたし達が死んじゃう事だと思った。……あんな事があった直後だったからね」
鬼と遭遇する直前、菫達は綿毛茸に立ち向かっていた。
三人それぞれの役割を担い、策が上手く働いている間はまだ良かった。菫が囮として役に立たなくなり、防御の要である昴生を狙われ、あっという間に瓦解した。アルカに助けられなかったら菫はあの時死んでいただろう。
しかし、生き残ったのが魔術師である二人なら、まだ巻き返しは可能だったはずだ。
もしも菫が昴生を庇おうと動けず、彼がそのまま死んだ場合、無力な菫と見えないアルカだけであの場を凌げたか、その日は助かっても翌日以降は……そう考えると、明るい展望は見えなかった。
命が脅かされている可能性が高いのは、寿命が短いと宣言された昴生だ。
けれど現状、知識面、技術面共に彼の庇護下にある菫とアルカが、彼の死後安全である確証はない。
例えば、鬼の視た彼の死因が病気や事故ではなく、アルカを狙った魔術師による他殺だった場合、最悪だ。いつだったか彼が話したように、菫は人質か実験のモルモットだし、菫の命を盾に脅されたアルカがどんな人生になるのか……考えたくもない。
「来年の事もわからないのに、卒業後の想像なんて出来ないよ。叶わないなら考えたところで、全部無駄だし、虚しくなるだけ」
「……そうかな?」
アルカの言葉を聞いて、菫の口から溢れたのは疑問だった。
口にして驚いたのは菫本人だった。
びっくりした、何せアルカの言葉に気持ちは同調していたのに、出てきた言葉は否定するものだったのだ。普通に混乱した。
「そうだよ」
一方アルカは、少しも動じていなかった。
否定された事を悲しむ様子も反発する空気もなく、そこに確固たる意志があるように感じ取れた。
それを見て、菫は否定が出てきた理由を何となくわかった。
「そんなこと、ないよ」
叶わないなら、考えたところで全て無駄。虚しくなるだけ。
わかる、わかるよ。
きっと去年までの菫だったら、茶化しつつも困ったように笑って、その自暴自棄に共感していた。
菫は自然と微笑んだ。花を芽吹かせる春風のように。
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