二人の仲良しの報告、

「アルカ、わたしとクリスマスパーティしよ」


「もちろんやる!」


「昴生くんも誘おうね」


「嫌!!」


 十二月中旬。本日もテンポがよろしいようで。

 すっかり冷え込んだ街並みはクリスマスカラーで彩られ、色とりどりの電飾がライトアップされて薄暗くなり始めた夜を明るく賑わせる。

 菫とアルカは学校帰りに少しだけ足を伸ばし、イルミネーションと大きなクリスマスツリーを見に来ていた。


「あはははっ拒否が早い!」


「えっ、だって嫌だし、普通に嫌だし! というかあいつ誘ったところで来るか!?」


「うーん、どうだろう。誘い方次第かなぁ」


「そもそも何で誘うの? 私は菫と二人がいいのに」


 ずい、と拗ねた顔を寄せられる。非難を浮かべる瞳がイルミネーションの光を反射して、海面の中で星が瞬いているようで見惚れてしまう。


「アルカ、それはわたしじゃなくてお兄ちゃんに言うためのイチコロセリフだよ」


「い!? いいい言えるかぁ!」


「言っちゃえばいいのに」


「いーっ言えないってば! 意地悪!」


 唇を尖らせて本格的に拗ねてしまったらしく、菫は「ごめんね」と謝りつつ込み上げてくる笑みを誤魔化しきれない。


「えっと、誘う理由だけど、今日昴生くんのギプスが外れるって言ってたでしょ? それのお祝い、というより、慰労会のほうが合ってるのかな。そういうのしたくて。あと、結局受け取ってくれなかったお詫びとか、これまでのお礼としてプレゼントあげたいなって考えてたから、まとめてクリスマス会にしちゃうのどうかなと思って」


「悪くないと思うけど、継片がいる事だけはよくない」


「本人不在の慰労会はシュールだなぁ」


「普通にクリスマスパーティがいい!」


「でもプレゼントとして受け取ってくれる日、クリスマスくらいしか思いつかないんだよね。昴生くんの誕生日とかわからないから」


「そうだけど、そうだけどさぁ……」


 地面に視線を落とし、スニーカーの爪先で落書きでもするように不規則に動かしている。わかりやすく不貞腐れるアルカの言葉から葛藤を感じ取り、菫は顔を覗き込む。


「慰労会もプレゼント渡すのも、嫌じゃないんだ?」


「そこは、まぁ……継片のためっていうか、私がモヤモヤしてて嫌だから、スッキリするかなーって。クリスマス会は嫌だけど」


「そんなに嫌なの?」


「やだ。なんか私とあいつが仲良しみたいじゃん」


 夏祭りの夜から、早四ヶ月。継片昴生の指導を受けた片岡アルカは、魔術師として無知から基礎知識を詰めた経験値不足の初心者程度まで成長を遂げた。そんな二人の関係は、友好的とは言えない。初対面で盾をぶん投げられてから、昴生に対する好感度は底辺を這いずったままだ。


「アルカは昴生くんと仲良くしたくないんだよね? なら大丈夫だよ、昴生くんもわたし達と仲良くしようとしないし」


「それはそれでなんか腹立つんだよなぁ!」


「和解の道は遠いなぁ」


「私はともかく、菫は継片と仲良くしたそうじゃん。むかつかないの?」


「昴生くんがわたしの友達になる気がない理由は聞いたことあって、だからむかつかないかな。色々思うとこはあるけど、我儘言って迷惑かけてるのはこっちだし、仕方ないかなぁ……」


 昴生からは気が狂ってるのかと酷評を受けた以外、何も言われてない。彼も思うところはありつつも仕方ない、と菫の我儘を放置しているのかもしれない。そう考えたら、菫は少しだけおかしくてこっそりと笑った。


「はぁ〜? どうせまた変な理由なんでしょ」


「うーん……説明が難しいんだけど、よくわからないくらいわたしが美化されてた」


「ぐ、見る目はあるな」


「そこで昴生くんと価値観一致しちゃうんだ」


「私と継片が同じなんじゃない。菫だけがネガティブだから世界的にずれてるだけだもん」


「規模大きすぎる」


 閑話休題。ずれた話題を元に戻そう。


「そうだ。二人のクリスマスはこれからしようよ。パーティまでは出来ないけど」


「これから?」


「クリスマスのグリーティングカード買って、今月限定のケーキを食べながらメッセージを書いて、出来たらせーので渡すの」


「えっやる」


「本当はプレゼント交換とかしたいけど、じっくり選びたいからそれはパーティまで待ってね」


「結局継片呼ぶの……?」


「うん。といっても、来てくれるかもわからないし、クリスマス過ぎちゃうからクリスマスパーティって言っていいのか難しいけど」


「へ?」


「え? わたしもアルカもクリスマスはバイト入ってるでしょ? 次の勉強会も冬休みに入ってからだし」


「あ」


 クリスマス。前夜祭としてセット扱いされる十二月二十四日と二十五日。

 菫のアルバイトは洋菓子屋の接客。クリスマスケーキも取り扱っているために、前日当日共に多忙である。アルカもティッシュ配りのアルバイトで驚異的な宣伝効果をもたらしたと評価され、週末のイベント毎に声をかけられるようになっていた。珍しく平日に、終業式が終わった午後から入ってくれと頼まれていたバイトの日が、そういえばクリスマスだったと気付いたようにアルカは目と口を丸く開く。


「クリスマス過ぎちゃうと、すぐ年越しの雰囲気に変わっちゃうから、クリスマスとして楽しめるのは今だけ。だからパーティとはまた別、とか考えられないかな」


「うん。一緒にクリスマスパーティは嫌だけど、なんちゃってクリスマスパーティ慰労会ならいっか」


 十人中十人、聞き間違いを疑うような名前になったことでアルカの不満は発散したらしい。すっきりとしたいい笑顔で頷く。

 仲良し感は消えた一方で、変人の集い感が頭角を表してきたのはいいんだろうか。いいか、菫は思考を放棄した。そんなことより、目の前の友人がとびきりの笑顔になってくれそうなメッセージを考えたい。


「じゃあまずは、クリスマスカードを買いに行こ」


「いえーい!」


 すっかり機嫌を取り戻したアルカの隣に並んで菫は笑い、二人はイルミネーションから離れていく。


「うわなんか向こうの通りめっちゃ人いる。行列、じゃなさそうだけど……何あれ、雨除けしてる?」


「あ……あのブルーシート、多分ニュースでやってたやつかも。早朝に人が死んでたって」


「え、こっわ」


「近所が映ってたけど、ここだったんだ。事件か事故か捜査中って言ってたけど、すごく事件っぽいね」



 非日常の残滓を、少女達は横切っていく。






『今アルカとケーキ食べにきてます。』

『昂生くんは何ケーキが好き?』


『つぐかた既読無視サイテー!』


「くっそ、既読マークついてるのに全然返事してこない」


「んースマホは見れるけど文字は打てないのかも。ケーキって聞いてもよくわかんないとか?」


「あー……あんまりケーキ食べなさそうだわ」


「やっぱりショートケーキが無難かな。こういうのも可愛くて美味しそうだけど……あ、写真送って聞いてみよ。ほら、アルカも指差して」


「ん? こう?」


「うん、いいね。あ、ありがとうございます。飲み物も来たから早速食べよ。いただきます」


「いただきます」


 抹茶とココア生地が重なったガトーオペラを指差す菫の手と、苺とチョコレートと生クリームの大きな切り株、ブッシュドノエルを指差すアルカの手が映った写真を送信する。

 温かい紅茶を一口飲めば冷えた体に染みていく。ほぉ、と一息ついているとメッセージが返ってきた。


『写真見れる?』

『こういうの好き?』


 写真に添えた菫のメッセージに対し。


『ありがとう』


 昴生からの返事は感謝であった。


「ありがとう!?」


「ん? 返事きた? ……ありがとう!? 何が!?」


「わ、わからない……ケーキの返事じゃないし、なんでわたし、お礼言われたの……?」


「わからない……」


「わからないよね、うん……」


 本当にわからない。ケーキの話しかしていない。写真を送ったのが初めてくらいで、ちょこっと二人の手が入り込んでいるが、ケーキが主役の写真だ。

 気にはなるが、同時に深追いしてはいけないと菫は悪い予感がした。気持ちを切り替えてフォークを持つ。


「うん、ケーキ食べよ。アルカ、端っこ交換しよ。上のチョコはいかが?」


「えっいいの? じゃあ菫にはこの苺のとこあげるね」

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