分岐 不変の方舟
もしもの可能性から派生するばっどえんど。セルフレイティング! 出番やで!
少し離れた公園から花火が上がり始めて寸刻。
継片昴生は逃亡した使い魔の残した僅かな魔力の残滓を追って、閑静な住宅地の中の一棟のマンションの前にやってきた。単身向けらしい窓と窓の間が狭い七階建て、住人はほとんどいないのか明かりがついているところが少ない。そのうちの一室、四階の角部屋。どうやらそこに使い魔が侵入したらしい。
エントランスホールの前には侵入を阻むロックされたガラス戸があるが、昴生にとっては無意味なものだった。周囲に人目がない事を確認すると呪文を唱える。昴生を中心に風が渦巻きながら集まっていき、一定以上の風圧を確認すると盾を一つ作り出す。手に持たず、風の上に乗せるよう地面と水平に置き、その上に片足で体重を乗せる。瞬間、風は盾を空へ押し上げるように強く吹き上がり、盾の上の昴生ごと空中へ投げ出す。浮き上がった盾を足場に飛んで軽々と目的の部屋のベランダに降り立ち、盾は地面に落ちることなく光の粒子に変わり消えた。
侵入したベランダは狭く、割れて散乱した窓ガラスの欠片を踏んでしまう。昴生はやや抵抗感を覚えたもののやむなしと土足のまま内側に倒れ込んだ窓のサッシを踏んで室内に侵入した。
蛍光灯の明かりに照らされたワンルームは、惨状としか言えない状態だった。
部屋の中心にあっただろうラグマットはサッシの下敷きになり粉々のガラスまみれ、木目のローテーブルは真っ二つにひしゃげていた。本や衣類が詰められていただろう棚が残骸として中身と共に部屋のあちこちに散っている。その残骸が室内を蹂躙したらしい形跡が壁や天井の壁紙が捲れ、抉れていることからも推察出来た。電灯が無事なことが奇跡だと思えるほどに、足の踏み場もない酷い有様だった。
手狭なワンルームは端にいるだけで室内を一望出来る。窓際にいた昴生は、玄関前にあるキッチンの側で蹲っている長い金髪の少女を見つけた。
ああ、やはり。予感が的中して昴生は眉間を狭める。
消滅しかかった使い魔が魔力を求め、魔術師である自分の元に現れないのであれば候補はもう一人。より強い魔力を保有する得体の知れない者。
「片岡」
声をかけると背中はびくりと跳ねあがって瞬時に彼女は振り返った。
肩から首にかけて大型獣の咬傷。顔や髪どころか半身がべったりと血を纏い、荒れた室内の所々に飛び散った血痕や血だまりは本人のものだろう。素人目に見ても、出血量の多さが見て取れた。
「……だれ、だよ……おまえ」
片岡アルカは限界まで張り詰めた警戒心、否、殺気を放ちながら昴生を睨み付けていた。深刻な貧血状態だというのに彼女は侵入者から目を離さずにゆっくりと立ち上がる。自身の血に塗れた包丁を手に持ちながら。
昴生はアルカの足元に、使い魔が虫の息で痙攣して転がっている様子を確認する。四つ足全てがひしゃげ、首があらぬ方向に捻じられている。包丁で切り裂かれた傷もいくつか見えた。ただの生き物であったなら既に絶命し、使い魔であっても状態維持が出来ず消滅しているはずだが、有り得ない状態で使い魔は、まだ生存していた。片岡アルカの体内を巡る血液に含んだ魔力を大量に浴びてしまい、使い魔の命が最悪な状態で留められている。
目線の先が自分の足元の獣だとわかるとアルカは後ろ脚を一本踏み抜く。もう悲鳴すら出せないのか痛みに反応する獣の声は弱弱しい。
「…………」
「なん、なの……ほんと、急に、窓からこんなのが来て、こいつ、話通じないし、しぶといし……そしたら、空き巣までくるし……ってか、なんで空き巣が、私の名前知ってる、わけ……?」
「足を退けろ」
「はぁ……?」
「君が今、その命を奪って身の安全を得たいなら、上から血を浴びせ、血だまりの床に押し付けるその行為は逆効果だ。それとも痛めつけたいだけか?」
「は? ……はぁ? まさか、私が動物いじめして楽しんでるとか思ってる? 怪我が見えてねぇのかよ」
「……はぁ」
話にならない。昴生は対話を諦めて、眼前の怪物と対峙する。
使い魔を無力化するだけの遣いだというのに、面倒なことになった。いや、そうでもない。入学当初から警戒しておきながら、問題ないと目を瞑ると決めたのは昴生だ。この事態に陥った原因の一端はある。後始末をする責任もある。
生かし捕らえるか、殺すか。
室内を荒らすように風がうねる。自分のものではない魔力の渦の中で昴生は、自身が生還する方法を計算した。
夏休み明け。片岡アルカは登校してこなかった。
学園側は彼女の保護責任者に連絡をするも、離れて暮らしていたため、学園からの連絡でようやく音信不通になっている事態を把握した。
片岡アルカが一人で暮らす部屋はひどい惨状になっていた。
しかし貴重品などがなく出血跡もない事から、誘拐の可能性と、自主的に失踪後、偶然空き巣が家を荒らしていった可能性で警察は捜査していたものの、あの夜に何が起きたのか、片岡アルカがどこへ消えてしまったのか謎のまま。
「片岡さん、転校しちゃったのかな?」
「え? 退学したとか聞いたけど」
「なんか行方不明なんだって」
「うわー残念」
「誰か一人くらい連絡先知ってる人いないの?」
「あんだけ綺麗だと、ストーカーとかいたんじゃない?」
「あー……ね。元気だといいけど」
生徒達は行方不明になった少女の安否を案じるように言葉を重ねるも、どれも薄っぺらいものばかりだった。なにせ誰もかれも、片岡アルカという美しい少女に対して静かに笑う印象しか持たなかったのだ。
「織部さんって片岡さんの前の席じゃん。なんか話したりしなかったの?」
「うん。挨拶くらいしかしなかったよ」
それは、彼女の前の席の生徒も同じ。
「せっかくだから、友達になりたかったなぁ」
少女の些細な願いは叶わない。少女のささやかな日常も、共に笑う人も、少女自身でさえ、『大災害』によって、全て消えてしまうのだから。
ターニングポイント:菫とアルカの友好関係
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます