魔術師の始祖

「徴兵によって戦場に向かったアルベアト・モルゲンシュテルンという男が、誰にも見えない剣を手に入れたと言い、棒切れを振り回していた。彼を馬鹿にし、憐れんだ兵士が次々と死んでいく中で、アルベアトは生き残った。それを、同じ戦場にいた魔術師によって目撃された。魔力によって具現化された一本の剣を」


『誰にも見えない』『武器』。それだけ聞いてしまえば、まるで絵本の物語のようで、もしくは一人の兵となった純朴な青年の苦しみのようで、非現実的な話だった。ただ、ここまで聞けばわかる。誰にも見えなかった魔術で作り出されたライオン、太古の魔術だという目の前の盾。

 アルベアトという男は戦地で九死に一生を得た。太古の魔術なんて大層な救いを。


「当時の魔術師達はアルベアトを捕らえ、尋問した。何せモルゲンシュテルンなんて家名の魔術師なんていない、アルベアトは魔術の基礎も知らない農家の子だった。青天の霹靂だっただろう、魔術師としてのプライドも甚く傷付けられただろう。アルベアトが残した武器と始祖の魔術師の情報は事細かに残されている一方で、彼自身の最期は何も記されていない」


 淡々と、歴史書の文字をなぞるように昴生は語る。菫は思わず、隣で真剣に話を聞いているアルカを見てしまった。あまりにも、似ている。魔術の存在を知らないまま、太古の魔術を得てしまった少女。そして友人に似た過去の男性がどうなったのかは闇の中。

 ひんやりと血が凍ったような寒気に襲われながら、ふと思った。昴生が昨晩、今この時間を作ることを強いたのは、かつて似た歴史を知っていたからだろうか。


「魔術師達はアルベアトから剣を取り上げた。だがどんなに優れた魔術師も剣を手に取ればただの棒切れに戻ってしまった。片岡、盾を持ってみろ」


「……その話からすると、私じゃ絶対持てないんじゃ」


 アルカは不服そうにテーブルの上の盾に触れる。ゆっくりと持ち上げて裏側の持ち手の部分を握った瞬間、盾は消え去りひらりと紙片がアルカの腕の上に落ちる。

 ほらぁ! とわかりきってたことだと文句を言いながらしっかりと紙を昴生に向けて突き出し、それをきちんと回収される。


「つまり、私は矛を使えるけど盾は使えない。ゲームだとよくある、このキャラクターは剣だけとか杖だけとか、専用武器ってことでしょ」


「……一〇〇年前の魔術師が束になって数年認めなかった事実を、君は一秒で理解出来るのか」


「はっ? いや一〇〇年前も今みたいになったんでしょ? 見ればわかるじゃん、アホなの?」


「少なくとも、君よりはアホだったようだ」


 太古の魔術に選ばれた魔術師二人はなかなか辛辣なようだ。


「この剣はどのように組み上げたものなのか、尋問されたアルベアトは何も答えられなかった。彼は魔術に関して素人だ。どう答えれば魔術師達が納得するのか、わかるはずがない。そうして事実だけを繰り返し伝えた。『この剣はアーノルドから譲られた物だ』と」


「アーノルド……?」


「アルベアトは戦場を駆け抜けている時、幻聴が聞こえ、幻覚が見えたという」




 男の声が聞こえた。

「そんなにも生き残らねばならない理由があるのかい」と。


 気付くと荒れ狂う海を見下ろせる高台のような場所にいた。火薬と何かが焦げる戦場の匂いは潮の香りになっていた。


 とうとう頭がどうにかなってしまったのかと思ったら、目の前に美しい男が自分の元に歩み寄ってきた。長い金色の髪を靡かせながら男は口を開いた。帰ることがそれほど必要なのかと、言葉を変えて同じ問いを投げかけてきた。何を当たり前なことを言っているのか、死ぬために戦争に向かう奴なんてほとんどいない。少なくとも自分の周囲でそんな仲間はいなかった。


 男は「そうなんだ」と興味深そうに微笑んでいた。どうやら会話が通じるらしく、ここはどこなのか、貴方は誰なのか、逆に問いかけた。そうすると男は少し驚いて、困ったように笑った。

「初めて聞かれた。そういえば私には名前がない、よければつけてくれないか」突然そう言われて困惑したし、悩んでいたら「なら君の名前を少しいただいてみよう」嬉しそうに男は数秒悩んで改めて名乗ってきた。


「ここはかつてすべてが海の底に沈んだ星。わずかな命を掬い上げた方舟の上。統べる者と認められていた私の名はこれより、アーノルド・モルゲンシュテルン。そう名乗ろう」




「それが、後に魔術師の始祖と呼ばれる、アーノルドの存在に対する初めての証言となった」


 ふぅ、と昴生が一区切りつけるような息継ぎで菫は一瞬現実を取り戻す。


 一体何の話を聞いているんだ。うっかり物語の一説のように聞いてしまっていたが、これはアルカと昴生が得た太古の魔術と同じものを、アルベアトが譲られるまでの話だったはずだ。何故彼が見たらしい幻覚の話になり、その幻覚の中で元祖魔術師のアーノルドが出てきたのだ。幻覚が現実に干渉してきたという事なのだろうか、菫はやや混乱してしまった。それとも魔術というのは、そういうものなのだろうか。


「当時、アルベアトが語った言葉は魔術師達に信用されなかった。薬物による幻覚症状が起きると同時に体に変化をもたらし、魔術として偶然発露したと仮定された。しかしそこから二年、魔術師の中の一人がアルベアトと同じように弓を得た。そして語られた内容が、アルベアトと酷似していた事で、ようやくアルベアトの証言が事実であったと認められた」


「……剣を手に入れたアルベアトさんと、その弓の魔術師さんも同じ幻覚を見てたって事?」


「どこまでも広がる海を見下ろす方舟の上で、アーノルド・モルゲンシュテルンと名乗った魔術師から武器を授けられる、同じ幻覚を見ていた」


「それじゃあ、アルカも?」


 菫の問いに昴生は頷いて、二人は矛を手に入れた少女に視線を向ける。


「……名前は聞いてないけど、金髪の男はたしかに……ああ、でも、そうかも、私もきっとあの時、受け取った」


 アーノルドなんて聞いたことのない名前に難しそうに眉を寄せていたアルカは次第に、獣から逃亡している最中から聞こえてきた幻聴に思い至る。あの時見えたものも聞こえたものも理解は出来なかったが、どうやら全員もれなく武器のついでに見聞きするものだったらしい。とんでもないことが連続で起きたせいですっかり忘れていた。

 思い出したせいでぞわりと嫌悪感に襲われてアルカは二の腕をさする。


「うわ、なんか思い出したら普通にきもいな。私、何見てたんだろ」


「げ、幻覚症状……体は大丈夫、なの?」


「これまでの事例を考えれば健康面で害はないだろう」


「そんで、皆おそろいの幻覚見てたってことがわかったら、なんなの? 健康に問題なかったら同じ病気にかかってたとかそういうのでもないんだし……」


「結果から言えば、『過去からの干渉を受けた』。魔術師達はそう結論付けた」


 過去からの干渉。どちらもわかる単語だが、並べられた瞬間まったく知らない言葉になってしまって、菫もアルカも呆けてしまう。


「ええと……今のわたしが、二十歳のわたしはどんな大人になりましたか? みたいなメッセージムービーを残していて二十歳のわたしが見た、とかそういうのでは、ない?」


「それは残した記録をただ再生しただけだろう。過去の人物と対話をした、という結果が正しい」


「なら……タイムマシンとかで昔のわたしに会いに行く、とか、そういうのの逆で……子供のわたしが今のわたしに会いに来た、みたいな?」


「そうだ」


「そんなこと、ありえないけど……魔術ならなんとかなるの?」


「当然ありえない。魔術師としても、時間干渉するなんて不可能とされている」


 アルカは未だに理解が追い付いていない。菫としても理解が出来ていないが、昴生の言葉からも、現代知識どころか魔術的観点からでも不可能と断言できるような出来事が起こったらしい。説明をしている側も受けている側も釈然としない表情で数秒沈黙した。


 そうして再び、昴生は語り始める。二人目となる弓の魔術師と始祖の邂逅を。

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