カッペリーニ・ショットブッラル

Tempp @ぷかぷか

第1話

「ねえたまき、試食会いかない? 今日なんだけど」

 その声で顔を上げれば、幼馴染の智樹ともきが俺を見下ろしていた。ここは辻切つじき区のクウェス・コンクラーヴェ。このカフェの一番奥まった席が俺の仕事席だ。つまり、俺はノマドワーカ。

「どこの店?」

新谷坂にやさかのライオ・デル・ソル。取材にいいかと思って」

 その店名は聞いたことがある。スペイン語名だがその実は北欧料理店というよくわからない店。一度行ってみたいとは思っていた。俺の表向きの仕事は雑誌記者だ。だから売り込むネタに丁度いいと思って同意する。

「2時からだからさ。もう行かないと」


 慌てて珈琲を飲み干し電車に乗り、今はお散歩日和なぽかぽかと日差し差し込む遊歩道を店に向かっている。

「今朝カレンダー見て急に思い出してさ」

「いつも急すぎる。目玉料理とかは?」

「目玉?」

「北欧料理だろ? 馴染みがないからさ」

「この間試食の試食したんだよね。何ていってたかな。ショットブッラルとケサケイットは欠かせなくて、日本じゃザリガニパーティは難しくて」

「日本語で頼む」

「肉団子と、夏野菜のすわっとしたスープと、ザリガニパーティはザリガニパーティだろ? 他は名前なんだったかな。あれ、ラーメンから丼ぶりを除いたようだった。ブルバスパリはブルーベリーパイ?」

 智樹の話は主観すぎてよくわからない。

「食べればいいじゃん?」

「あわせて質問したいんだよ」


 仕方なく雑に検索する。北欧は夏でも日本よりは涼しく丁度5月の今くらいの温度らしい。

「よく行くの?」

「うん。あの辺で撮影がある時に打ち上げでね。それで仲良くなった」

 智樹は美容師で、よくドラマロケや雑誌取材用などのヘアスタイリングを出張で行っている。

「あの店、何故だかウザい幽霊いなくていいんだ」

 智樹は幽霊が見えるからよく絡まれるのだ。俺が気になっているのはそこで、俺の本業は呪術師だ。やってることはピンキリだからそっち方面の依頼はざっくり呪術師と名乗っているが、噂ではその店はセーフティー・ゾーンらしく、悪いものが入れないそうだ。それを確かめに行きたいと思っていたが、一人で行くには面倒くさい距離で智樹の誘いは渡りに船だった。


 件の店は遊歩道沿いにオープンテラスを展開する白壁青屋根の爽やかな店だ。垣間見える店内も大きな木彫調具が広々と配置され、居心地はよさそうだ。けれども問題があった。

「何してんの? 入んないの?」

「……入れない」

 入れない理由はひと目でわかった。その店は強固な結界が張られていて、悪しきものを弾いている。つまり入れない俺は、悪しきものに分類されているのだろう。この店にとって俺は排除すべきもの。確かに綺麗な仕事ばかりしているわけではないからな。

「仕方ないなぁ。オープンテラスでもいいか聞いてくるね」

「あ、おい」

 止めるまもなく智樹はするりと店内に進み、店長と思しき背の高い男に『友達がお店に入れないんです』などと言うものだから、店長にギロりと睨まれた。目を眇めながら近づく店長の姿は俺と智樹では見え方が全く異なるのだろう。俺には人間という偽物の仮面をかぶった禍々しき存在にしか見えない。ここはこの世の果てなのか。ぽかぽかと差し込む日差しが氷の刃のようにすら感じる。無意識に懐に手を入れる。

「ああ。それだ」

「それ?」

「あなた、悪いものを持っているでしょう? それを外に置いておけば入れますよ」

「これを放置できるはずがない」

「……それもそうですね。ではそのテラス席へどうぞ。食べ物は特別に持ってきます。智樹さんのお友達ですし」

 店長が立ち去った後、世界はようやく氷が溶けるように春を取り戻す。この神津市はこれだから油断がならないのだ。創世神話に出てきそうな奴らが平気で飲食店をやっている。俺のような凡人は恐る恐る暮らすしかない。それにしてもまともな料理はでてくるのかな。些か心配になる。

「よかったねぇ」

 智樹はわかってるのかわからないのか、暢気に俺の隣に座る。店内はバイキング形式らしく、ざわざわと賑わっていた。

「お前は中で食べてていいんだぞ?」

「俺が誘ったわけだし? たまには外も気持ちいい」

 遊歩道の人並みを眺めながら、俺からすればまともに見えない料理に固まった。webで調べた時にソースまで見ていなかったんだ。たくさんの肉団子にかかっていたのはラズベリーソースだった。甘い……。フキが甘く煮られてジャムになっている。美味い不味い以前に食べ慣れなさすぎる。ウィンクする店長が持ってきたのは十匹単位のボイルされたりディルで炒められたりしたザリガニだった。

「俺は和食が好きなんだ……」

「異文化交流ですよ」

「……改めて取材に伺ってもよろしいでしょうか」

「もちろんです。次はそれ、置いてきてくださいね」

 ラーメンから丼ぶりを除いたの、は細く編まれた飴の器にのった肉団子のせ冷製カッペリーニカッペリーニ・ショットブッラルだった。映えるからカメラを持ってこなくては。

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