最終話 防壁を守る少年

終章 防壁を守る少年


 英国との誰にも知られることのない戦争が終結してから、一か月が経った。


 朝。柔らかに差し込む陽ざしに起こされ、いつものように起床する。

 ソシャゲとネサフに忙しいスコットはいつも夜更かし気味で、朝は苦手だった。

 今の時刻は午前六時。軍隊の朝礼当番や朝五時に更新の無料百連ガチャでもない限りこんなに早く起きるなんてありえないし苦行でしかなかった。

 だが、今は――


「おはよう、スコット。もう朝よ?」


 寝起きでふんわりとした髪を耳にかけながら美少女が顔を覗き込む。

 胸元が少しゆるめのぶかぶかパジャマのままで部屋まで来るなんて、余程のヘタレと思われているのか、それとも信頼のあらわれか。

 そんな彼女が頬を撫で、毎朝起こしに来てくれるのだ。もうそれだけで、低血圧もなにもかもが吹き飛ぶくらいにハッピー。今なら隣人が大音量でQueenのウィ・ウィル・ロック・ユーをかけても許せちゃう。


「ふぁ~。おはよう、アロンダイトさん」


「もう。これからはディアって呼んでって言ったでしょ? クラウ様とか親しい人は皆そう呼ぶんだから、スコットにもそう呼んでもらわなきゃイヤ」


「あはは……ごめんね、ディア。まだ慣れなくて……」


「むぅ……朝ご飯、一緒に食べてくれたら許す」


(なにそれ。かわいっ)


 膨れっ面の美少女が今日も心に沁みわたる……


 結局、アロンダイトと同棲しているにも関わらず、スコットはチキン故にシングルベッドを選択し、寝室はお互い別々だった。

 でもそんなのは些細なこと。スコットは今ハチャメチャに幸せだ。


 これから彼女と朝食を食べ、朝の日課、防壁のパトロールに向かう。

 何もなければそれでよし。午後は学校に行く。

 カリキュラム的にどうしても遅れは出てしまうが、実技に関してふたりの成績は抜群に良い。なにせ毎日こうして実戦を積んでいるのだから。


 それに、遅れた分の勉強を夜にふたりでする時間もそれはそれで楽しかった。紅茶を片手に肩を並べて、わからないところを教わる……アロンダイトは頭もいいし教え方もすこぶる優しい。もう最高だ。


「ふふ……」


 にまにまと充実感に浸りながらマッシュポテトを貪っていると、アロンダイトに声をかけられた。


「スコットー? 出るわよー?」


「えっ!? もうそんな時間!?」


「あれ? まだ食べてたの? というか身支度……なんにもできてないじゃない!? もう、寝ぐせ! どうしてお化粧してる私より遅いの!?」


「だって! 僕まだ慣れてなくて――んぐぐ!」


「あっ、ごめん。そこまで怒ってないから焦らないで? お水お水……」


「ごく、んぐ……忘れ物ない? 探知レーダーよし、非常用救難信号装置よし……」


「私の鞘持った?」


「忘れるわけないでしょ~? アレがないといざってときにディアを守れな――」


「そうじゃなくて! 魔剣の緊急退避用じゃなくて、魔力補給に使ってよ。私、自分だけ助かってスコットが怪我するなんてイヤだからね?」


「あはは、わかってるよ。ええと、学校の教科書よし……お弁当は?」


「持ってる持ってる――あ。保冷剤入れ忘れた」


「ほら~。やっぱ最終確認は重要!」


「ふふ、そうね」


 笑顔でお弁当の包みをキュッと結び直すアロンダイトと共に、スコットは防壁へと向かった。


      ◇


 一歩を踏み出したスコットの背後には、巨大な防壁が広がっていた。

 とはいっても、この壁は城を守っているのではない。

 街、いや国全体を覆うようにして聳え立っているのだ。


 ここスイスの辺境に百年前に樹立した、フラムグレイス独立国。

 ヒトの形をした剣――『魔剣』と人が共存するその国は、今やスコットの守るべき、大切な居場所だ。


「さぁ、今日もやりますか!」


 やる気満々にぐいーっと身体を伸ばすスコットに、アロンダイトは問いかける。


「前から思ってたけど、スコットってば案外ノリ気よね? 『仕事はキライ』とか言ってたのに、どうして?」


「そりゃあ……」


 スコットにとって、防壁のパトロールは仕事であると同時にこれ以上ないうきうきイベントだったからだ。

 考えてみて欲しい。毎朝美少女に起こされて、向かった先の防壁では仲良く顔を突き合わせてレーダーとにらめっこ。

 敵がいないなら早めに切り上げて登校前にカフェで一杯楽しめるし、いたとしても――


「あ。敵影」

「どこ?」


「三時の方向。機体にマークは……わからない。チャイナ? ロシア? アメリカとかだとイヤだなぁ……でも数は二機か。偵察用かな? もしくは小手調べ……ナメられたもんだね」


「あ、見えた。アレなら魔剣に変身するまでもないけど……」


 そう言って、少女は月光色の剣に姿を変えると少年の手に収まった。


『スコットと一緒がいいから……ね?』


 照れくさそうな甘えボイスが究極尊い。

 スコットは口元のにやつきを抑えることなく上空の敵を見上げる。


「ははは……僕らに敵うと――」


 大きく後ろに剣を引き、下から上に薙ぐようにして振りあげると、周囲に雷撃が迸った!


「――思うなよっ!!」


 ドォォオオンッ……!


 契約者を得たアロンダイトの戦闘力は以前のざっと十倍。

 敵の機体は雷に撃たれ、一瞬にして鉄屑と化した。


(はぁぁああ……! 僕達、TUEEEE……!)


 スコットにとって、防壁のパトロールはいわば、『迎撃デート』に他ならない。

 デートした上できちんとお給料ももらえるのだ。もう文句なんて無い。


しかも、最先端の兵器を用いたところでこの戦力差。まさに圧倒的だ。その蹂躙する側に、今スコットは立っている。

 だが、これで調子に乗って追撃するようではかっこよくないことをスコットは理解していた。自分は紳士の国出身だから――そういうことはしないんだ。


「はぁ~、終わり終わり! 今日はどこのカフェに行こうか、ディア――?」


 問いかけると、手元の魔剣は変身を解いてスコットの腕に抱き着く。


「もう終わっちゃった……もうちょっと、一体感を味わっていたかったのに……」


 すりすりと甘える乙女の魔剣。軽装とはいえ鎧を身に纏っているのが本当に口惜しい。でも、学校の制服の上に鎧っていうのも、これはこれでアリな気がする。

 ミニスカのフリっと具合と銀甲冑のギャップがまたイイ。アロンダイトは窮屈そうな胸当てを取って制服姿になると、ダダをこねるようにスコットの腕を引いた。


「カフェ、カフェ……そうだ、ネットカフェなんてどう? お部屋借りて、ふたりでゆっくり……ねぇ、ダメ?」


「ちょっと、朝からそんな色っぽい目で見つめないでよ!? 僕には敷居が――ちょっと色々……授業に行けなくなるでしょう!?」


 慌てふためくスコットに、不満げなジト目が注がれる。


「スコット、最近『愛』が足りなくない?」


「足りてるよ……」


(こんなに好きなのに……)


「足りてないわよ」

「足りてるよ……」


「病むぅ……」

「病まないで! お願いだから!」


「ねぇねぇ、制服似合ってる?」


 くるりんとその場で一回転した彼女は、どこからどう見ても『乙女』だった。

 ふわりと揺れる編みこみの入った金髪。『学校へ行くなら身だしなみを気にしなくちゃ』と、やさしい色のジェルネイルで彩られた爪が綺麗だ。

 元より見た目もプロポーションも抜群にいいアロンダイトだが、制服姿だとより一層可憐に見える。スコットはこれ以上ないほどにまっと笑った。


「ふふ、似合ってる」


「なぁに? にやにやしちゃって……」


「なんでもないよ」


(やっぱり僕の魔剣かのじょが一番だなぁ、なんて。恥ずかしくて言えないよ……)


「気になるじゃない。言って! 言ってよぉ!」

「やだよ~」


「私に隠しごとなんて……! さては浮気ね!?」

「そんなわけないでしょお!?!?」


「うわ~ん! スコットの浮気者~! 病む病む病む~!」

「待って! ちょっと待ってよディア――!?」


 愛ゆえに――たまに面倒くさいこともある乙女の魔剣。

 そんな彼女と少年は、今日も防壁に楽しそうな声を響かせたのだった。



【あとがき】


 物語はこれにて完結です。

 いかがでしたでしょうか?


 最後に。この作品は現在カクヨムコンに参加中です。もしよろしければ、今作に対する感想、★、レビューなどいただけるととても嬉しいです!(特にレビュー! ★が一個なのか三個なのかって、結構重要な、読者様の反応の指標になってて汗)

 今後の作品作りの参考にさせていただきたいです。


 作品ページのレビュー、+ボタンの★でよろしくお願いします!

(PC閲覧だと、最新話本分から下スクロールでいけるっぽい?)

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★★  まぁまぁ

★★★ おもしろかった、続きが気になる など。


 何卒、よろしくお願いいたします。

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乙女の魔剣と【聖剣奪還部隊】の裏切り者 南川 佐久 @saku-higashinimori

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