第40話
「本日実技試験を担当いたします、エクス=キャリバーです。よろしくお願いします」
「お、お手柔らかにお願いします……?」
(できればあのときの百分の一くらいがいいなぁ……)
――なんて、思ったスコットがバカだった。
「怪我の事ならお気になさらず。やるからには、私も本気でいきますよ」
「「……!!」」
にこりとした笑みの裏に隠された闘気が、周囲の大気を震わせる。
でも、試験の前にひとつだけ聞いておきたい――
「どうして試験官を? キャリバーさんはすこし前まで『外』を旅していて、ラスティ博士が逮捕された後は共に牢に入っていたのではないんですか? 聖剣が帰還しただなんてわかったら世間がざわつくから、人目につくのはダメってアゾットさんから聞きましたけど……」
「ですから、今日はこっそり来ました。校長のグラムに昔のよしみでお願いをして。今日私がここにいるのは――いえ、あなたたちの前に立っているのは。他の誰でもない、私の『願い』を叶える為なのです。私は、あなたたちと刃を交える――そのために来たのですよ」
「願い……? 刃を交える……?」
「よくわからないですよね、ごめんなさい。でも、理由は戦えば自ずとわかります。だって、わたし達は心を持った剣――『魔剣』なのですから」
「……!」
「でも、先に謝っておかねばなりません。これは完全に私のエゴなのです。あなたたちは私の一撃を受け止めればそれでいい――どうかお付き合いいただけると嬉しいのですが……」
よくわからないが、彼女なりに理由があるのだろう。申し訳なさそうに首を傾げる聖剣。ましてや彼女は先日身を挺してアロンダイトを庇ってくれた命の恩人だ。その姿に、断る理由などなかった。
「わかりました」
ふたりは頷くと、
それを見てエクス=キャリバーは自身の分身――黄金の剣を手に取る。
「アロンダイト……あなたは『乙女の魔剣』であると同時に、守りに長けた『騎士の魔剣』。その力で多くの民を、仲間を守ってくれました。遥か昔、相容れない形で別れを迎えてしまった私達だけど……共に円卓にいた頃からずっと思っていたのですよ。私の矛であなたの盾を貫けば、どうなるのかと」
『……!』
「さぁ、試験を始めましょう。我が渾身の一撃を凌ぎ切ってみせなさい! アロンダイト!!」
聖剣が一身に光を集める。冷徹なまでに熱く輝く瞳。
振りあげた剣に蛍が舞うように灯りが灯った。
「奥義――」
(来るっ……!)
「アロンダイトさん!」
『――【
詠唱すると、幾重にも重なる鋼鉄の扉がスコットの前に顕現した。
茨に覆われたその扉は『鍵』を持つ許された者にしか開かない絶対不可侵の領域。ふたりをいかなる攻撃からも守る、最強の盾だ。
それを見て、聖剣の口元がわずかに綻ぶ。そして――
「――【
今できる全霊の力を以て、聖剣は刃を振り下ろした。
その耳に、『声』が響く――
『どうしてこんなことに……』
『私は、どうすればよかったのだ……』
それは、苦悩に満ちた声だった。
声の主は、ただひたすらに悔いていた。
失って初めてわかった、愛されることの喜び。
彼女の想いに気づけなかった、己の愚かさ。
『すまない、すまない……寂しい思いをさせて本当にすまない……』
なにもかもが手遅れで、手を伸ばしても届かないもどかしさ、そして虚しさ。
『もう私では君を救えない。君を救えるのは彼だけだ。しかし、しかし……』
身の内に溢れる黒い炎が身を焦がす。
(あつい、くるしい……!)
聖剣はこの『声』を聞くと、いつもうなされていた。
声の主は、妻を友人に寝取られ、全てを失った。
彼女を巡る闘争の中で心身は疲弊し、心が擦り切れていた。
でも、それでも。友人は、彼にとってかけがえのない存在でもあった。
辛い時は共に悩み、乗り越え、切磋琢磨した。そんな彼に裏切られたことは口惜しいと同時に、彼女のことをないがしろにしていた報いだとも思っていた。
結果、声の主は最期まで妻や友人と対話することなく、同じようにないがしろにしていた息子に殺された――
『裏切りの対価が、これか――』
裏切られたのは自分。でも、それより前に彼女のことを裏切っていたのは、自分なのではないか? いくら後悔したとて、もう時間は戻らない。
声の主は、果てなき感情をぶつける場所を見失い、暗闇の中を彷徨っていた。
(くらい、こわい……そして、さむい……)
この感情は、恐怖。
声の主は、怒りと同様に恐怖に苛まれていた。それは、大切な友を失う恐ろしさ。
分かり合えないままに終わる、切なさ。
『せめてもう一度だけ、彼と剣を交えたかった――』
『彼女は寂しがりだから、よろしく頼むと伝えたかった……』
いかなる言葉も届かない。ならばせめて、刃で語り合いたかった。
命をかけて貫いた信念を見せてくれと――
『そうして、私は――』
「あああああッ……!」
闘技場が眩い光に包まれる。
魔剣を持つ手が震え、気を抜けば一瞬で足を持っていかれるだろう。
「負け、ないっ……!」
スコットは両手で剣を握りしめ、まっすぐに光の奔流を見据えた。
一枚、二枚、と鋼鉄の扉が破られ、放たれた熱が目の前まで迫っている。
スコットは気力を振り絞り、もう一度吠えた。
「僕とアロンダイトさんは、絶対に負けないっ!!」
「それは私だって――!!」
「「あああああッ――!!」」
凄まじい光の渦が最後の扉を破ろうとする。
刹那――
パァンッ――!
扉が破れ、同時に、光も力尽きた。光の粒が闘技場一面に降り注ぎ、降り積もる雪を見上げるようにしてスコットとエクス=キャリバーは仰向けに倒れた。
「「はぁ、はぁ……」」
大の字で寝そべるスコットの手から魔剣がぽろりと零れ落ち、変身が解かれる。
「もぅ、ダメ……」
「僕もだよ……」
見つめ合うようにして寝転がるふたりに、向こう側から声がかけられる。張り上げるようにして声を出す様子から、あちらも同様に起き上がれないのだとわかった。
「私は……負けて、いません……!」
悔しそうに歯噛みする聖剣。スコットも負けじと声を張る。
「僕たちだって、まだ……!」
「スコット、あなた……見かけによらず、負けず嫌いなんですね?」
「キャリバーさんもね」
聖剣は何を思ったか、少しの間を空けて静かに語りだす。
「……ありがとう、スコット。そしてアロンダイト」
「――え?」
「あなたたちの剣が見せた信念は、すばらしいものでした。揺るぎなく、濁りなく、何者にも汚せない絶対の信念。それを肌で感じることができて、私は――」
そうして聖剣は、ゆっくりと瞼を閉じて『声』の主に問いかける。
(これでよかったのですよね? アーサー……)
ふらふらと、ふたりで支え合いながら身を起こすアロンダイトと契約者。
その様子に、聖剣も彼らと同じ笑みを浮かべた。
微笑まれたことに気づき、ふたりもこちらに笑顔をみせる。
『やりきった』『どうだ、見たか』という満面の笑みを。
聖剣の頭に、最後の『声』が響く。
『私は――ただ、彼と。ランスロットと仲直りがしたかったんだ……』
――ありがとう、エクス=キャリバー。
(そう言ってもらえて、私も嬉しいです……)
――『魔剣』。それは、ヒトの姿をした剣であり、意思と誇りを持った生きモノ。
その本懐は、『願い』を叶えることである。
刀身が朽ちない限り死ぬことのない彼らは、ときに悠久の時を超え、主の願いを果たす。
人の『願い』と、それに応える『魔剣』がいる限り、『魔剣国家』は沈まない――
目の前に在るのは、この先に広がる未来に沢山の『願い』を抱くであろう少年と、それを叶える彼の魔剣。
そんなふたり――いや、『友』の姿を見据え、聖剣は晴れやかな笑みを返した。
「おめでとうございます。文句なしの、合格です」
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