第39話
国の中央に広大な敷地を持つアーツグレイス学院は、特殊戦力研究機構なんていかつい肩書がついている通り、魔剣や魔法、医学、薬学に精通した建国当初より存在する最古の学校だ。
国の中央にあるという通いやすい好立地にも関わらず寮も完備されており、ガラス張りのテラスが美しい学食は格安で美味。まさに至れり尽くせりの名門校。
しかも、学院を設立し、そのカリキュラムを組んだのは彼のラスティ博士と国の教育を担う『十剣』――万物の言葉を理解するという『頂きの賢者 グラム』なのだとか。
元英雄であると同時にマッドサイエンティストでもあったラスティの名を聞いた時点で、スコットは入学を少し躊躇した。
しかしこの学校で行われている研究は、魔剣の能力を分析し、改造(所謂ドーピングとか闇っぽいものではなく、いわば能力方面の整形みたいなものだそう)、育成などに役立つ製品を開発する為のものであり、予想に反して決して黒い研究というわけではなかった。
魔剣と人の生活がより潤うように、いずれ来るかもしれないヒトとの闘争に備えられるように、という自衛の意味も込められている。
まぁ、『戦争』をひた隠ししているとはいえ永世中立を掲げる国家である以上、自衛の手段と戦力の向上は必要不可欠ということなんだろう。
一方で、東の『村正私塾』はここ五十年で設立された比較的新しい学校らしい。
東洋の刀を中心とする、流派と礼節、信仰を重んじる宗教色の強い学校だとか。
いまどきにしては珍しい木造の校舎は桜の並木で彩られ、中庭では流れる川を彷彿とさせる美しい枯山水を楽しむことができる。
その制服はなんと和装。普段は着物や袴を着用し、個々人の好みによっては私服に羽織だけとかでもいいらしい。だが、夏はほぼ全員浴衣になるという。感動だ。あの涼しげなうなじや鎖骨の良さは、英国人であるスコットもすこぶるグッドだと思っている。ジャパンの着物は美学なのだ。
フラムグレイス独立国で暮らす『人間』は、一番初めにラスティに認められ、許され、招かれた者の末裔がほとんどだ。
中でも、モノに魂が宿るという宗教観や
魔剣の契約者たる適性を持つ人間を多く輩出する日本人。そんな彼らの伝統と文化を守る為に、村正私塾は生まれたとのことだ。
ちなみに、古風な校風の割には文化祭の出し物であるメイド喫茶の質が異様に高く、国内最高峰のアニメ研究部があることでも有名。中高生を対象とするEスポーツのインターハイでは五十年連続の優勝を飾っている無敗の王だった。
『どちらへ行くか』と改めて問われた際、ジャパンが大好きなスコットはかなり悩んだ。だって、自分が就職して軍で働いていたのはジャパンへの旅費を稼ぐ為であり、まるでジャパンにいる気分が味わえるという東の校風にこれ以上ない程惹かれていたからだ。
だが、西洋剣であるアロンダイトの実力を最大限に引き出す上でも西へ行くべきと判断し、アーツグレイス学院へ入学することにした。
そんなふたりは今日、その編入試験の会場に来ている。
「はぁ……筆記試験なんて軍への入隊以来だよ。学力別に行われる授業があるから仕方ないとはいえ、疲れたなぁ。テストって、こんなに集中力が必要なものだったっけ?」
「無理もないわ。スコットってば、緊張しすぎで鉛筆も消しゴムも落としまくるんだもの。おかげでこっちまでそわそわしちゃった」
「それはごめん」
「テストって初めて受けたけど、時間が限られている中で正解を出すのって中々難しいわよね。焦って考え事をするなんて、非効率的だと思うんだけど……」
「でも、世間一般では余程のホワイト企業でもない限り少ないコストで高いパフォーマンスを求められるものさ。軍隊だってそうだったもの。テストは、短い時間でどれだけできるかを測る、そういう訓練なんじゃないの? まぁ、早食いができるって威張ってた同僚は頭悪いと思ってたけどさ」
「ふふ、なにそれ。あぁ、そんなこと考えてたらお腹空いてきちゃった。甘いもの食べたいね? 頭を使うと脳に糖分が不足して――」
「え。アロンダイトさんはいつだってスイーツが食べたいんじゃないの?」
「わ、私はそんなに食いしんぼうじゃないわよ……!?」
「あはは、わかってるって。痛い、痛い。ぽこぽこ叩かないでよ……!」
きゃっきゃ、うふふ。
(はぁ、幸せ……学校通う前から彼女(仮)がいるとか、もう完全に勝ち組じゃん?)
スコットは編入試験そっちのけで、完全に舞い上がっていた。
「試験当日に試験官の前でイチャつくなど、いい度胸ですね?」
「「……!?」」
不意に声を掛けられた方に視線を移すと、天井の吹き抜けになった闘技場にひとりの女性が姿を現わしていた。
一瞬にして張り詰める空気。隣でアロンダイトが服の裾を掴み、小声で注意を促す。
「近づいてくる気配がまるでなかった……! あの人、何者!?」
次の試験は実技。契約者と魔剣がふたりで歴戦の試験官を相手にどこまでやれるのかという腕試しらしい。
実技実習はペアで行われることが多いため、クラス内の戦力を把握するうえでも重要な試験。しかし、ここで不甲斐ない結果を残すようなら特別編入は認められない。それが校長グラムの出した条件だった。
入学希望者の全員が乗り越えて来たあらゆる受験の障害をすっ飛ばして裏口入学同然に編入をしようというのだ、それくらいはできてもらわないと困るし、その上ふたりは防壁パトロールの仕事があるせいで全ての授業に出席できないことを免除してもらう必要がある。
在校生に『えこひいき! あんたバカァ!?』と陰口を叩かれない為にも、実力者としての力を示さねばならない。スコットらの臨んでいる特別編入試験は、『在校生へのいい刺激になるような生徒だから、特別に』ということを証明するための試験なのだ。その試験官は受験者の実力に応じて手配されるとのことだが――
白い試験官服に身を包んだ女性が、顔を隠すようにしてつけられたオペラ座のごとき仮面を取る。ふぁさりと零れる黄金の髪。全ての光を吸い込むような七色の虹彩を持つ瞳。そこにはいたのは――
「エクス=キャリバーさん!?」
「キャリバーお姉様っ!?」
「「どうしてここにっ!?!?」」
尻餅でもつきそうなふたりの驚きぶりに、エクス=キャリバーは口元に手を当て思わずくすり、と笑った。
「あなたたち、本当に仲がいいのね?」
「えっと、あの……?」
あなたが試験官なのか? つまりこれから戦うのは……?
胸の鼓動がドクドクと音を立て、額に嫌な汗が滲む。
脳裏に浮かぶのは、英軍の対空ミサイルと地上兵器を一掃したあの光。呆然と闘技場の向かい側を見つめるふたりに、エクス=キャリバーはやんわりとお辞儀した。
「本日実技試験を担当いたします、エクス=キャリバーです。よろしくお願いします」
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