地獄行

大枝 岳志

地獄行

 目を覚ますといつもの部屋とまるで違う景色で目が覚めた。灯りのない、真っ暗な森の中で目を覚ました。なるほど、私はどうやら眠っている間に死んだようだった。こういったものは不思議と、直感で理解した。立ち上がり、見知らぬ真っ暗な森の奥へと進んで行く。

 しばらく歩いていると、鬼灯のような橙色のぼんやりとした灯りが見えて来る。それに近付いてみると、その正体がえらく草臥れたバスだと判明したのだが、その造りがえらい古い物で、昭和中期に活躍していたボンネットバスだと気が付いた。バスの中に人の気配はなく、薄ぼんやりとした橙色のランプがついている。

 昇降口が開いていたので乗り込もうとすると、背後から背中を叩かれた。

 振り返るとそこには、鉢巻をした痩せた小男が提灯を持って立っていた。左右で目の位置が異なっていて、不気味な印象を受ける。


「旦那、このバスに乗るんですかい?」

「いや、このバスはどんなものかと気になってね」

「そうですかい。もうお気付きだとは思いますが」

「あぁ、私はとっくに死んでいるんだろ?」

「左様でございます。しかし、旦那。このバスの行き先は「地獄」ですぜ」

「地獄か……なら、やめておこう」


 昇り掛けた昇降口を下りると、小男は真っ赤な帳面を出して舌に指をつけ、そいつを捲り始める。


「旦那、あんた人が悪いや。どちみち地獄行きですな」

「ほう、そうか」

「このバスに乗ればすぐに地獄へ着きますぜ。それに、旦那がこれに乗れば代わりに二人が天国に行けるって算段になってやしてね」

「ほう、それは何故だい?」

「地獄があんまり混んでるもんで、最近になって神様と閻魔さんが話し合ってそう決めたんですぜ」

「まぁ、どちみち私は地獄行きだろうからね……じゃあ、このバスに乗るとしようか」

「へい。今出しますからね、ちょいとお待ちを」

「ひとつ、尋ねて良いかな?」

「へい、なんでやんしょ」

「地獄は、やはり辛い場所なのか?」


 小男は運転席へぴょいと飛び乗り、掛かりの悪いエンジンを点けると、ボロ雑巾でフロントガラスを拭きながら笑った。


「それがですね、最近地獄に行った奴らがみんな口を揃えてこう言うんですよ」

「何と言うんだい?」

「死ぬ前よりよっぽどマシだ、ってね。今の現世がどうなってるか知りませんがね、鬼もすっかりやる気を無くして困ってるって話でさぁね」

「それなら、私も安心して地獄へ行けそうだね。さぁ、出してくれ」

「へい! 地獄行き、出発進行」


 小男がそう言うと、ガタンと衝撃があってからバスがゆっくりと走り出す。森を照らすのは警告色のような真っ赤なヘッドライトだ。森の木々には老若男女問わず幾つもの裸の死体がぶら下がっていて、鬼の様な形相が真っ赤なライトに次々と浮かんでは消えて行く。

 森が切れると血の雨が降り出し、あちらこちらに大小無数の骨が転がる荒野に出たが、不思議と気持ちは落ち着いていた。

 まだ着かないのかと尋ねると、あと二時間は掛かると言う。

 その返事を聞いて、私はひと眠り就く事にした。

 タイヤは骨を砕きながら荒野を進んで行き、窓の隙間から漏れて薫る錆びた血液の匂いで、私は深く安堵を覚え、やがて深い睡魔に襲われる。


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地獄行 大枝 岳志 @ooedatakeshi

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