第3話 大海賊の古いツレを紹介してやる
数日後、グレゴールから手紙が届いた。旅先で出した手紙のようだ。無事にニーダーハーフェンにたどりついたらしく、封としてニーダーハーフェンの郵便局の印が押してあるとのことである。
グレゴールはまめな男で、まずはヴォルフ宛ての手紙を書き、次に弟たち宛ての手紙を書いたのだそうだ。マンフレートたちアインツ兄弟がヴォルフの執務室に呼び出され、ヴォルフから手紙を受け取ることになった。
そのしらせが来た時、カールはたまたまアインツ兄弟に剣の稽古をつけてもらっていていた。なんと幸運なのだろう。このタイミングでなかったら気づかなかったかもしれない。カールはいつもタイミングがいい。普段から良い子にしているからだろうか、神様は見ているものだ。
マンフレートにくっついて、ヴォルフの執務室に入る。そして、ヴォルフにまとわりついて「僕にも読ませてください、僕にも読ませてください」とせがむ。ヴォルフは最初抵抗していたが、そのうち諦めの悪いカールがうっとうしくなったようで、「はいはい」と言いながらグレゴールの手紙を見せてくれた。
グレゴールはニーダーハーフェンの様子を事細かに書いていた。
ヴァランダン騎士団は東方には進軍することが多いが、西方にあるニーダーハーフェンにはなかなか向かわない。グレゴールにとっては新鮮なことが多かったのだろう。
カールも、ルートヴィヒ帝の葬儀に出るためのツェントルム行きが人生初めての国外旅行で、ヴォルフに見張られながらの移動だった上立場が立場だったので、何の観光もできなかった。見知らぬ遠い異国の地であるニーダーハーフェンに思いを馳せた。
ニーダーハーフェン情報は便箋二枚に及んだ。
そして、三枚目からはニーダーハーフェンではない土地の情報が書かれていた。
ノイシュティールンの話だ。
どうやら、ノイシュティールンはブラウエを困らせていた海賊の捕獲に成功したようだ。
頭領のチャーリー・バーニーなる大海賊を捕らえて牢につなぎ、絞首刑に処す予定だったそうである。
ところが、このチャーリー・バーニーという男がフリートヘルム大公より一枚上手で、なんと処刑場から堂々と逃亡したというのだ。
フリートヘルムはチャーリー・バーニーの指名手配を帝国政府に依頼した。だが、帝国政府のあるツェントルムの中心部は、宰相アスペルマイヤーの急死からこのかたずっと機能が停止している。これではチャーリー・バーニー捜索の見込みは立たない。フリートヘルムはさぞかし悔しい思いをしていることだろう。
ここからが本番だ。
チャーリー・バーニーがブラウエを狙ったのは、チャーリー・バーニーに金を渡してけしかけた人間がいるかららしい。
そして、チャーリー・バーニーはその人物について、クラウスという名の黒髪碧眼の男だったと証言している。
「まあ、他人の空似じゃない?」
ヴォルフはそう言ったが、元来正直者の彼は嘘をつくのがへたくそで、声がかすかに震えている。本当は心当たりがあるのだ。なんならヴォルフが金を渡している可能性すらある。ほぼ無職も同然だったクラウスが持つ自由になる金などたかが知れている。
「クラウスなんて名前、そのへんに大勢いるでしょう」
「まあ、確かにブルートの中心でクラウスと叫べば十万人くらい振り返りそうな名前ですけど」
「ブルートの総人口が十万人くらいなんだけど、まあ、そうだねえ」
カールというロイデン語の教科書に出てきそうな、偽名を疑われるほどありふれた自分の名前は棚に上げた。ちなみにロイデンの皇帝にはすでに六人のカールがいて、万が一カールが即位することがあればカール七世になるらしい。
クラウスがチャーリー・バーニーなる海賊と結託してブラウエを攻撃した。
カールにはうすうす理由の察しがついていた。
ノイシュティールンはディートリヒ皇子の生母ツェツィーリエの出身国だ。当然ディートリヒを支持し、支援している。ノイシュティールンの機能が停止すれば、ディートリヒは裸になったも同然だ。
ザイツェタルクとオグズ帝国の戦争で、ローデリヒ皇子が死んだ。
残るは、ハインリヒ皇子とディートリヒ皇子だ。
有力なのはディートリヒ皇子のほうである。ディートリヒ皇子の動きを止めることができれば、カールはもう少しスムーズに動けるようになる。
クラウスは、ルートヴィヒ帝の三人の息子たちを殺す、と言っていた。
あと、ハインリヒ皇子と、ディートリヒ皇子が生きている。
「わかりました。他人の空似ですね。まあ、そういうこともあるでしょう。グレゴールは慎重な人ですから、いろいろ考えてしまうのでしょうね」
「そうそう、そういうことだよ」
カールはヴォルフにグレゴールの手紙を返して部屋を出た。
クラウスは絶対にチャーリー・バーニーと接触している。カールはそう確信していた。
そのチャーリー・バーニーという海賊はどこから来たのかというと、クセルニヒである。もともとはクセルニヒが海賊と結託していて、クラウスが登場するまではクセルニヒがチャーリー・バーニーを支援していた可能性が高い。今回の逃亡劇も、クセルニヒ関係者が裏についていると考えたほうが自然である気がする。
逃げたチャーリー・バーニーはいったいどこに行ったのか。
クセルニヒだろう。
すべての話がクセルニヒに集約していく。
カールはヴォルフの執務室を出た足で鉄血同胞団の詰め所に向かった。
ブルート城内の鉄血同胞団の詰め所では、毛むくじゃらの男たちが酒臭い息を漂わせながら待機していた。冬の間は暗くて寒くて戦争ができないので暇なのだ。
「ラーシュはいますか?」
息を急き切ってきたカールに対して、傭兵の男たちが軽いノリで「いるぜ」と答える。
「おーい、ラーシュ、坊が呼んでるぞう」
奥の部屋とこちらを仕切っているカーテンを持ち上げて、ラーシュが顔を見せた。ランプの光に照らされて、狼のような灰色の瞳が輝いている。
「おう、どうした?」
カールはラーシュの目の前に立った。そして、拳を握り締めた。勇気を振り絞って口を開く。
「クセルニヒに行きたいのですが、行き方を知りませんか?」
ラーシュの瞳が、カールの顔をまじまじと見つめた。
「なんでまたクセルニヒに」
「たぶんクラウスさんがクセルニヒにいるのです」
拳を力いっぱい振る。
「僕はどうしてもクラウスさんに会いたくて」
「会ってどうする」
「止めます」
カールははっきりと言い切った。
「このままではあの人はツェントルム帝室を破壊し尽くすと思います。僕はそれを阻止して、クラウスさんをヴァランダンに連れて帰ります」
誰も死なないほうがいいのだ。
「このままでは、クラウスさんはクセルニヒでハインリヒ皇子に何か良からぬことをすると思うのです……! 僕はそれを絶対に止めてみせます!」
それまで騒がしかった鉄血同胞団の男たちが黙った。みんなが、カールを見ている。
無言でカールの顔を眺めていたラーシュが、ゆっくり口を開く。
「今、クセルニヒはあぶねえぞ」
予想外の言葉に、カールは目をぱちぱちと瞬かせた。
「危ないとは、どういう意味ですか?」
「あんぽんたんの女王イルムヒルデの圧政に民衆が不満を募らせて今にも爆発寸前だ。これは、荒れるぞ。内戦になるかもしれねえ」
考えてもみなかったことだった。カールにとって海の向こうにあるクセルニヒは夢と魔法の国だったのだ。
「では、なおさら、クラウスさんを連れて帰らないと。そんなところに放置していたら、どうなるかわからないではありませんか」
「クラウスが裏工作してるのかもしれねえけどな。あいつはああ見えて結構行動力がある」
それを聞いて、逆に、カールは覚悟が決まった。
「今の言葉を聞いて、もっと、もっと、クセルニヒに行かないといけないという気持ちが高まりました」
カールの確かな意思を汲み取ってくれたのだろう、ラーシュが声を上げて笑った。
「しょうがねえな、坊」
「連れていってくれるのですか」
「ニーダーハーフェンまではな。そこでクセルニヒ行きの船に乗れ。古いツレを紹介してやる」
「古いツレ? 友達ですか?」
「そうだ。俺には海にも友達がいる。とびっきりイカれた大海賊の友達がよ」
カールは唾を飲んだ。クセルニヒは、お伽噺では、魔女と海賊の国だった。どうやら魔女と知り合う前に海賊と知り合えるらしい。
「ね……願ったり叶ったりですよ」
ちょっとした虚勢を張ってそう言ったところ、傭兵たちがまた声を上げて笑った。
「いいだろう。坊ももう十三でいっぱしの男だ。運命の女神がお前に微笑むかどうか、俺たちも見守っていてやる」
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