第2話 誕生日パーティに呼ばれた美男子《イケメン》たち

 ゲルベス港についたら、そこには異空間が広がっていた。


 港から見える表側の建物はすべて灰色の壁に黒い屋根で統一されており、冬のどんよりとしたゲルベスの空もあいまって、ずいぶんと暗い印象だ。


 だがゲルベス港が暗いのはその外観だけのせいではない。


 港なのに、一般市民がおらず、静かなのだ。


 港湾労働者たちはいるが、彼らは黙って荷運びしているだけで、労働歌はおろかちょっとした私語すらしている様子はなかった。


 良く言えばにぎやか、一人もじっとしていられる人間がいないのではないかと思うほど騒々しいブラウエ港で育ったアーデルからしたら、ありえない光景だった。


 アーデルの隣で、リヒャルトが呟いた。


「ブラウエ港とはだいぶ趣が違うわね」


 ブラウエどころではない。ノイシュティールンには他にも大小さまざまな港があるが、どこもゲルベス港とは似ても似つかなかった。海に面していないザイツェタルクには大きな港湾都市がないので、この異様さにもぴんと来ないのかもしれない。


 タラップをおりると、五名の兵士が待っていた。黄色い生地に赤と白のラインが入った軍服から察するに、クセルニヒの近衛隊の兵士たちである。


「女王陛下のご命令でお迎えに上がりました」


 五名とも、にこりともしなかった。目は一応こちらを向いてはいるものの、暗くよどんだ瞳に本当に自分たちが映っているのかは疑問である。口だけを動かしてしゃべっていて、まるで人形のように表情を変えない。


「ご苦労様です」


 リヒャルトも鉄面皮でなかなか表情を変えない。彼はこの異様な空気をどうとも思っていないのだろうか。平然とした顔で適当な挨拶をした。


「お名前を頂戴してもよろしいでしょうか」

「ザイツェタルクから参りました、リヒャルト・グルーマンと申します」


 兵士のうちの一人がメモを取る。


 こいつらを相手に名乗るというのがどうも不気味だったが、だからと言って拒否するわけにはいかない。自分はノイシュティールン代表としてここにいる。


「ノイシュティールンから来ました、アーデルハルト・ファウンターです」


 一刻も早く帰りたかったが、まだ船をおりたばかりだ。バルトロメオの思惑どおりに進んでも二週間は滞在しないといけない。


「承知致しました。荷物は我々がお運びする手配をしますのでそのままで。準備が終わるまで迎賓館でお待ちいただきたく存じます」

「迎賓館?」

「こちらへどうぞ」


 四名の兵士が前に進み出てきた。歩幅を揃えた、一糸乱れぬ動きが、人間離れしていて不安だ。


 一人、アーデルの右についた。もう一人、アーデルの左についた。

 またある一人はリヒャルトの右につき、最後の一人もリヒャルトの左についた。


 二人とも、二名の兵士に、挟まれた。


「では、お連れします」


 一番年かさの兵士が振り向いて歩き出すと、アーデルとリヒャルトの左右についた兵士たちも足を進め始めた。


 アーデルとリヒャルトは、動きを止めた。


 兵士たちが腕を伸ばした。


 それぞれが、アーデルとリヒャルトの肘をつかんだ。


 強引に、歩かせ始められた。


「これは、連行では?」


 さすがにこの異常な状況に抵抗感を覚えたのか、リヒャルトが口を開いた。それでもなおも冷静そうなのはあっぱれだ。アーデルには真似ができそうにない。アーデルは最初の今の混乱が収まり次第怒鳴り散らしてしまいそうだ。そうすると他国の近衛兵を恫喝したとして国際問題になりかねないので、その前にリヒャルトがしゃべってくれるのはありがたい限りだ。


 近衛兵たちはなおも淡々としている。


「警護にご協力をお願い致します」


 誰が何から警護されているのだろう。


 しかしリヒャルトがそれ以上何も言わずに歩き出したので、アーデルも腹をくくった。リヒャルトはザイツェタルク代表として立派に責務をまっとうしようとしている。アーデルもとりあえず表面だけは取り繕っておかねばならないと判断し、平静を保とうと決意した。

 鉄面皮だ。リヒャルトを手本に堂々としていなければならない。それがフレットの威厳を強化する者として完璧な従者役をこなしてきたアーデルの処世術でもあった。




 近衛兵たちに連れられてたどりついたのは、大きな石造りの建物であった。大きな両開きの扉の上にステンドグラスの窓がはまっていて、教会のように見えた。しかし表通りに面する玄関の脇に取り付けられた看板にはゲルベス港迎賓館と書かれている。


 扉を守る兵士たちも、凍りついたような無表情であった。リヒャルトが軽く会釈をして「ご苦労様です」と言ったが、誰一人反応を返してはこなかった。


 ぎい、という不快な音を立てて扉が開けられる。


 玄関は掃き清められていて、清潔そうな赤いカーペットが敷かれていたが、薄暗い中ステンドグラスから落ちる赤い光もどことなく不気味だ。


 正面に大階段があった。二十段ほどの赤いカーペットを敷き詰めた階段で、突き当たりで左右に分かれており、二階に上がれるようになっていた。

 奥の壁には巨大な肖像画が掛けられている。金のドレスに身を包み、長い金の髪を後頭部でまとめ、白い首を晒して微笑んでいるのは、まだ十代前半のあどけないながらも類稀な美貌をもつ少女である。女王イルムヒルデだ。


 大階段をおりてくる者があった。


「やあ、お初にお目にかかる」


 若い男だった。おそらくアーデルやリヒャルトと同世代だろう。短く刈り込んだアッシュブロンドの髪に青い瞳をしていて、背は高く、全体的にがっしりとした印象である。男らしく凛々しい眉、少し垂れ気味の二重まぶたに整った鼻と口の甘いマスクだが、そこに浮かぶ表情はぎこちない笑みだ。彼も自分たち同様に左右をクセルニヒの近衛兵たちに挟まれている。


「自分はヴァランダン騎士団のグレゴール・アインツと申す者。貴殿らはザイツェタルクとノイシュティールンから来た方々だとお見受けするが」


 太くてよく通る声をしている。


「私はリヒャルト・グルーマン、ザイツェタルク王国の国王代理を務めておりますグルーマン侯爵の三男です」


 リヒャルトはそう言ってグレゴールのほうに右手を差し出した。グレゴールがその手をしっかりつかんで握手をした。自ら名乗ったところといい、握手にすぐさま応じたところといい、敵ではなさそうだ。


「俺はアーデルハルト・ファウンターという。ノイシュティールン大公フリートヘルムの侍従官をしている。どうか気安くアーデルと呼んでいただきたい」


 アーデルもそう言って右手を差し出した。グレゴールはリヒャルトから手を離すとすぐにアーデルとも握手をした。大きな、厚い皮膚に筋肉の存在を感じる、剣だこのある手だった。


 背後で、また、ぎい、ばたん、という音を立てて、扉が閉まった。つい、三人揃ってそちらを見てしまった。


 グレゴールが咳払いをした。


「貴殿らも女王陛下の誕生日パーティに?」


 アーデルは察した。

 なるほど、彼もヴァランダンから女王のお気に召す美男子として徴用されてしまったのだろう。中性的なリヒャルトや都会っ子のアーデルとは雰囲気がかなり異なるが、実直で頑強な者が多いと聞くヴァランダン騎士団の長所を凝縮したようないい男ではある。


「ちょっと、積もる話があるのだが」


 アーデルは思い切って言ってみた。


「少々、女王にお会いする前に、三人で話をしたい。どうだ?」


 グレゴールはすぐに「自分もだ」と答えた。


「よろしいか?」


 近衛兵たちは一切目を合わせなかった。

 許可されないのではないかとひやひやした。


 先ほどアーデルとリヒャルトを連れに来た兵士のうちの一人、アーデルにもリヒャルトにもつかなかった一番年長の彼が、「お部屋をご用意します」と答えた。


 驚いたことに、グレゴールはかなり強めの語気でこう言った。


「いや、結構。自分が使っていた宿泊室を使わせていただきたい」


 兵士はしばらく無言でグレゴールを見つめていた。

 呼吸が絶えるかと思った頃になってから、彼は「承知致しました」と言った。


「では、お三方のお荷物は別途馬車に運ばせていただきますので、準備が終わるまでご歓談ください」


 アーデルは心から安堵して胸を撫で下ろしたが、それを他の誰にも悟られないように表情を引き締めた。


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