第13話 誕生日パーティの招待状
クセルニヒから使者がやってきたのは、チャーリー・バーニーの処刑が中止になった日の数日後、そろそろ一月も終わろうかという時期のことだった。
ザイツェタルク騎士団の若衆たちが、いい加減長居しすぎではないか、そろそろ帰ったほうがいいのではないかと主張する派閥と、ジギスムント王はハインリヒ皇子との面会を望んでいる、ハインリヒ皇子との面談の段取りをつけてからにすべきだと主張する派閥に分かれて、ぎすぎすし始めた頃だった。
ジークは、騎士団が内部分裂してぎすぎすするのはよくあることだから、と悠長なことを言ってのんびり構えている。
「みんな建前だけだ。どうせ本心ではブラウエの暖かい空気とおいしいご飯にやられていて雪の降るグリュンネンになんか帰りたくないに決まっている。でも、自分だけそう言っていると知られたら、親にザイツェタルク騎士の何たるかという説教をされるだろうからな」
強行突破してでもグリュンネンに帰ろうとする人間が出ないのはきっとそういうことなのである。
一応やることだけはやっているふりをせねばならぬということで、グルーマン六兄弟のうちブラウエに来た四人が情報収集に当たっていた。
目指すはハインリヒ皇子だ。ローデリヒ皇子がいない今、ザイツェタルクはディートリヒとハインリヒのどちらかを選ばなければならない。
表向きはノイシュティールンと同盟した以上ディートリヒにつかねばならないのだが、ノイシュティールン大公家の人間はみんなディートリヒが皇帝の器ではないことを知っていたので、黙認することにしていた。
「調べているうちにハインリヒ皇子よりディートリヒのほうがいいと言うかもしれないし」
そう恐ろしいことを言ったのはフレットだ。彼がそう言って邪魔しないことを決めた以上、こちら側からどうこう言うことはない。
さて、グルーマン兄弟が調べているうちに、ハインリヒ皇子はツェントルムにいないことが発覚した。
ハインリヒ皇子は今ゲルベスにいるらしい。
彼はもともと母親の生まれ故郷であるクセルニヒのゲルベス修道会に所属していたので、これが平時だったら、いつものことだと思ったことだろう。
しかし、この有事にツェントルムを離れてクセルニヒに戻ってしまう、というのは、彼の帝位への興味のなさを示しているように思われる。
ツェントルムの宮殿を我が物顔で闊歩している皇子はディートリヒだけだ。
ディートリヒの場合、母親のツェツィーリエが逃げ隠れすることをよしとしていないので、本人の意思がどれくらい反映されているかはわからない。しかし、そういうゆがんだ親子関係を知らない民衆は、宮殿の
ノイシュティールンの人間として、ノイシュティールン大公家五女エレオノーラとしては喜ぶべきだが、個人としてのレオは不安しかなかった。
ザイツェタルクの湖でジークと話したとおり、ジークには、できればレオも、ハインリヒ皇子に会ってほしいと思っている。
だが、会うならロイデン海を渡れということらしい。
どうしたものか、と悩んでいたところに、文字どおり渡りに船である。
海賊の犯罪行為に関する謝罪と和平の申し入れに、クセルニヒから人間が送られてきた。
しかも、相手は予想だにしなかった大物だった。
「お初にお目にかかります、ノイシュティールン大公殿下ならびにザイツェタルク国王陛下、それから公女エレオノーラ様」
年齢は三十代前半から半ばくらいであろうか。一応若者と言える範疇ではあるが、十八歳のレオからするとたいへん大人っぽい雰囲気の男性であった。
栗色の髪を後ろに撫でつけているため外に出ている額は秀で、目鼻立ちは整っている。
着ているコートも上質なもので、態度も穏やかで上品だった。
ブラウエ宮殿の応接間、つまり敵陣に乗り込んできたというのに、彼はまるで勝者であるかのような余裕のある笑みだった。
彼は、優雅に一礼すると、こう名乗った。
「私はバルトロメオ・ベッケラート。クセルニヒで宰相をしている者です」
クセルニヒの政治をその一手に握る、政府の筆頭格だ。
「あなたが宰相バルトロメオか」
フレットがそう言って右手を差し出した。バルトロメオがその手を取り、固く握手を交わした。
「このたびはたいへんご迷惑をおかけしました。先日も正式な外交ルートを通じて海賊についてのお詫びを表明させていただきましたが、改めまして私の口からも」
彼はとても謝罪に来たとは思えぬ笑顔だった。
「クセルニヒも今海賊の取り締まりに力を入れているところです。チャーリー・バーニーは中でも賞金額の大きい極悪人。裁かれるのもやむなしと思って見守っておりましたが」
よくもいけしゃあしゃあと言う。
レオは知っていた。
港でチャーリー・バーニーとセザンヌと思われる二人組が目撃されていて、彼らはクセルニヒ船籍の軍艦に回収されたという。
よりによって軍艦だ。
クセルニヒは、少なくともクセルニヒ海軍は、チャーリー・バーニーにはまだ利用価値があると思っているのだ。
面の皮が厚いにもほどがある。
「賠償金について記した誓約書と、ノイシュティールンおよびザイツェタルクに一通ずつ、パーティの招待状を持参致しました」
一瞬耳を疑った。
「パーティの招待状とは?」
フレットもバルトロメオもよく落ち着いた笑顔でやり取りできるものである。この二人は似た者同士かもしれない。
「二月になったら我らが女王イルムヒルデ陛下の誕生日会を催す予定です」
レオは思わず「はあ?」と言ってしまった。フレットが「エレオノーラ」とたしなめたので慌てて「失礼致しました」と頭を下げる。
誕生日会とは、いったい何だ。ロイデン海の不穏どころかロイデン帝国崩壊の危機の今に何をしようと言うのか。
バルトロメオはなおも穏やかで、とうとうと話を進めた。
「女王はまだ御年十四でゲルベス城からお出になるには幼すぎます。ご足労いただくことになってたいへん恐縮ですが、直接お会いいただければ、女王陛下がこの件について深く反省なさっていることをご理解いただけるでしょう」
何重にも不可解な発言だが、一公女であるレオに首を突っ込む資格はない。
「それに――」
バルトロメオの、クセルニヒ民によくいる氷色の瞳が、細められる。
「ハインリヒ皇子とお会いになりたいとお聞きしましたが? ゲルベスにおいでになれば、我々が会談の準備をさせていただきます」
痛いところを突かれた。
こちら側は、ハインリヒ皇子に、会いたいのだ。
これなら、合法的に、クセルニヒの用意で、ハインリヒがいるゲルベスに入れる。
ジークが口を開いた。
「それは俺が招待されてもいいのか?」
するとバルトロメオは「それはちょっと」と答えた。
「さすがにわざわざ誕生日のためだけに国家元首をお呼び立てするのは申し訳ない。どなたか代理人の方にいらしていただいて、女王陛下からお詫びの言葉を聞いて、お国に帰ってお伝えいただければ、と」
そして、にやりと笑う。
「できれば、若く美しい男性を。イルムヒルデ女王は、そうお望みです」
謝罪する気など毛頭ない。
男狂いの女王が、ハーレムを作ってパーティをする気だ。
ゆがんでいる。
それを支えるバルトロメオも、おかしい。
確かに、そんな中にジークやフレットが乗り込んでいくのは危険すぎる。
凍りついた空気を割って口を開いたのは、リヒャルトだった。
「では、ザイツェタルクからは私が参りましょうか。イルマ女王とはツェントルムでご挨拶させていただいたこともあるので」
バルトロメオが嬉しそうな顔をする。
「ありがとうございます! イルマ女王はザイツェタルク一の美男子一族であるグルーマン兄弟をひいきしておりまして」
「さようですか。褒め言葉として受け取っておきましょう」
ジークがリヒャルトの顔を見る。
「すまん、リヒャルト。行ってくれ。ハインリヒ皇子に会って、事細かに俺に教えてくれ」
リヒャルトはいつものなんでもない顔で「承知しました」と答えた。
そのタイミングで、レオはフレットの顔を見た。
フレットが、コートのポケットから、財布を取り出した。
その財布から、一枚のコインをつまみ出した。
嫌な予感がした。
「表が出たらアーデル、裏が出たらエーレン」
双子が「げっ」と蛙が潰れたような声を出した。
フレットが上に向かってコインを弾くように投げる。
コインはすぐに落ちてきた。
フレットはそれを手の甲で受け止め、もう片方の手で押さえた。
双子が息を呑んだのがわかる。レオも固唾を飲んで見守った。
フレットが手をのけると、上を向いていたのは、ロイデン皇帝の紋章である火を噴くドラゴンの面だった。
表だ。
「はい、アーデル決定」
アーデルが心底嫌そうな顔で「最悪だ!」と叫んだ。エーレンも「心配だよお」と言ってフレットの腕をつかんだが、その程度で意思を翻すフレットではない。
「では、リヒャルト・グルーマン様ならびにアーデルハルト・ファウンター様」
バルトロメオが、笑っている。
「ご案内致します。我らが都、ゲルベスへ」
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