第12話 チャーリー・バーニーの処刑

「公開処刑なんて野蛮なこと、文明国ノイシュティールンがやるんだ……」


 隣席でそううめくジークの声を聞いて、レオはいたたまれない気持ちになった。


「ロイデン帝国の内部の国ならどこでもやるものだと思っていた……」

「ザイツェタルクではしない……そんなことをしたら王の不徳と言われて大反乱になるから……」


 ジークとその取り巻きであるザイツェタルク騎士団の若衆がブラウエに滞在して、はや二週間が過ぎた。


 この間、ノイシュティールン側は彼らをめいっぱいもてなした。自慢の大公令嬢の婿およびその側近として、決して下座しもざにつかせるようなことはなく、食事も衣類も何くれとなく世話をした。


 だが、ジークとレオの二人が一対一で会話をすることはなかった。


 ただでさえ婚約前にグリュンネンで逢引きをして醜聞を垂れ流してしまった。

 これ以上婚前にたわむれているとは思われたくない。


 ノイシュティールンではいまさらレオの素行不良を問いただす動きはないが、ザイツェタルク側がどう思っているかはわからない。ザイツェタルク側は資金の援助と花嫁をもらい受ける立場として王の名誉に傷をつけられたことも涙を呑んで黙っているかもしれないのである。建前を何よりも重んじるザイツェタルクではありうる。したがってさすがのレオも自重していた。


 ザイツェタルクとの付き合い方のコツがわかってきた。

 なんとか面子を潰さないようにしなければならない。

 王のジークはそれで怒る男ではないが、ザイツェタルクの体制を維持しているのはグルーマン侯爵を筆頭とした騎士団の中高年だ。


 今も、レオとジークはブラウエの郊外にある処刑場で二人並んで見物席についているが、ジークの隣にはリヒャルトが、レオの隣にはアーデルがいる。公開処刑の見物に来た大勢の市民たちも見ている。


 とはいえ、話に聞き耳を立てているのは気心の知れたリヒャルトとアーデルである。

 小声で会話をすることくらいは許される。


 こうして話ををしていると、レオはジークを話しやすい奴だと思う。まるで何年も前から一緒にいた幼馴染かのように、気楽で適当なやり取りをすることができる。何事にも悲観的で自罰的なジークとも話が合うということは、自分はよほどふところが深いか鈍感なのかのどちらかであろう。


 会話ができる奴でよかった。

 ザイツェタルクでの人生でも孤独を感じずに済みそうだ。


 相変わらず好いた惚れたのわからないレオではあったが、ジークは気の置けない存在だ。


「それを聞いていると、ノイシュティールンは案外独裁国家なのかもしれないな。兄上の強権のもとで何もかも迅速に決まる。ザイツェタルクはすべてが合議制だからか何事にも慎重だ」

「そうだな。今も騎士団長のグルーマン侯爵が全部独断で進めているわけじゃない。来る日も来る日も騎士団幹部が会議会議会議……騎士のくせに武芸の鍛錬をせずおしゃべりばかりしているからみんな太るんだ」


 ジークの言葉に、心当たりがあるらしいリヒャルトがふと笑った。すぐに「失礼」と姿勢を正す。


「俺には肉も食わせてくれないくせに」

「その窮状はもう少し国民に訴えて納税してもらってもいいと思う。しかし話を聞けば聞くほど不安になるな……結婚しても生活水準を下げたくないな」

「ロイデン帝国で一番の金持ちの家に生まれて結婚後も生活水準を下げたくないなんてそんな無茶――」


 太鼓とシンバルの音が鳴った。耳をつんざくような大音量に、心臓が縮まるような感じがする。


 黒いマスク、黒い衣装で全身を覆った処刑人たちが、通りの向こうから姿を見せた。自分らは馬に乗り、手には縄を持って、地下牢からこの処刑場まで縄をつけた死刑囚を歩かせてきたのだ。市中引き回しの刑である。


 処刑人たちが馬からおりた。


 代表者が一人歩み出てきて、死刑囚を処刑台のほうに引っ張った。


 死刑囚はみんなが待ちに待ったチャーリー・バーニーだ。


 チャーリー・バーニーが処刑台に続く十三段の階段をのぼらされる。


 民衆からチャーリー・バーニーへ罵声が投げかけられる。シンバルの音に負けないくらいの、処刑人への声援にも似た声だった。


 チャーリー・バーニーは無表情だった。どんな気持ちであそこに立っているのだろう。首吊り用の縄の輪を見せられて、多少は後悔しているだろうか。反省する見込みなしということで絞首刑になったのだが、死に間際にも何も考えないものだろうか。


 処刑人が、チャーリー・バーニーの肘を引っ張る。


 縄が、近づく。


 世紀の大悪党チャーリー・バーニーが、今、死ぬ。


 レオは、緊張で、拳を握り締めた。


 その時だった。


 巨大な爆発音が響いた。


 どこからともなく白い煙が沸き上がり、人々の視界をさえぎった。


 状況が理解できず混乱する人々の声が響き渡る。警備に駆り出されていた警官たちが何かを叫んでいるが、何もわからない。


 また、爆発音が響いた。


 処刑台が白い煙に包まれた。


「何が起こった!?」


 立ち上がろうとしたレオを、アーデルが「危ない」と言って押さえた。


「ここを動かないほうがいい」


 リヒャルトが言う。


「誰かが爆発物を投げている。身を低くして、椅子の裏に隠れて」


 その冷静な声を聞いて、ジークがゆっくり立ち上がった。ザイツェタルク民はこういう有事の時ほど落ち着いている。レオは心臓が破裂しそうだというのに、ジークはレオの手を取って「こっちへ」と言い、椅子の後ろに導いた。


 爆発音はそう長くは続かなかった。十回もいかずに鳴りやんだ。

 しかしあたり一面の白い煙はなかなか引かなかった。民衆は逃げ惑い、処刑台の周囲から離れようとした。

 火薬のにおいがする。


「やられた」


 そう言ったのはリヒャルトだ。


 見物していたザイツェタルク騎士団の青年のうちの誰かが怒鳴った。


「逃げられるぞ! しっかり捕まえておけ!」


 最初、何のことかわからなかった。


 徐々に煙が引いてきてから、理解した。


 処刑台の上から、チャーリー・バーニーの姿が消えていた。


 処刑人たちが急いで階段をおりてくるが、もう遅い。


「チャーリー・バーニーが逃げたぞ!」


 広場の騒ぎはどんどん拡大していく。状況はどんどん悪くなっていく。パニックを起こした群衆を統制できず、官吏たちが逃げたチャーリー・バーニーを捜すのに支障をきたしている。


「心当たりは」


 そう問いかけてきたのはリヒャルトだった。彼はその翠の瞳でレオの顔を見ていた。


「レオ、心当たりは?」

「僕?」

「四日間チャーリー・バーニー海賊団と一緒に過ごしたんでしょう? 誰か、こういう大胆なことをやってのける人間はいた?」


 一瞬真っ白になった頭の中に、長い黒髪の女の顔が浮かんだ。


「セザンヌだ」


 海賊団の紅一点でとても目立つ存在だったのに、チャーリー・バーニー逮捕後には一度も話題を聞いていない。

 彼女は、捕まっていなかったのだ。


「セザンヌという女海賊がいたはずだ」

「女か。それはまずい。海賊といえば男だという固定観念のある連中の目をかいくぐっているかもしれない」

「すぐに探してくれ、長くてウェーブした黒髪に大きな飾り羽根のついた三角帽子の――」

「その情報は役に立たなさそうだわ。髪なんか切ればいいし、服飾小物はいくらでも変えられる」

「じゃあ、どうしたらいい?」

「さてね。とりあえず指名手配しておいたら?」


 リヒャルトが肩をすくめた。ジークが溜息をついた。


 煙が完全に引いても、チャーリー・バーニーの姿はついぞ見つからず、処刑は中止となった。




 それからしばらくして、港で不審な小舟が沖に逃げていくのが目撃された。


 舟に乗っていたのはぼろぼろのマントをまとった男とロイデン人の一般女性が着る民族衣装の女で、二人が乗っていた舟はまっすぐロイデン海を目指し、そのうちクセルニヒ船籍の旗を掲げた軍艦に回収されたという。


 ノイシュティールンの船ではクセルニヒの船に干渉できない。港の人間はいぶかしんだが、クセルニヒ、それも海軍の船が拾っていくなら追いかけられない。


 舟の上の男は満面の笑みで港の人々に手を振り、陽気な声で「あばよブラウエ! また会う日までお元気で!」と叫んだそうだ。



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