第7話 カール少年と皇帝の指輪 1
葬儀が終わった後、故人を悼む会食という名目で首脳会議が始まった。きっと今頃帝位継承にまつわるあれこれを議論しているのだろう。
各国元首だけが参加できるということで、ジークとリヒャルトは同席を許されなかった。
ロイデン帝国の中にある国はツェントルムと四大国の五ヵ国だけではない。無数の小邦と都市同盟もある。それぞれの代表者を集めると、宮殿で一番広い会議室でも席が足りないらしい。ダンスホールになるような広間で立食形式というのはいろんな人の思惑で却下されたようだ。
それに、この集まりは『大人』の集いだとも言われた。十九歳のジークだけでなく二十三歳のリヒャルトがその理由で追い出されるのはどうかと思ったが、クラウス皇子の死にまつわる忌まわしい情報が噴出することを思うと、十五年前のツェントルム帝室の記憶がない人間は出席しても理解できないかもしれない。
そういう状況下でも、まだ二十代のノイシュティールン大公フリートヘルムとヴァランダン辺境伯ヴォルフガングが参加させてもらえるのは、うらやましい限りであった。しかし今やこの二人こそロイデン政治の中心人物である。特にヴァランダン辺境伯はクラウス皇子が生きており息子カールの即位を望んでいると主張している。彼の離脱はありえなかった。
「ロイデン帝国最強の騎士団、ヴァランダン東方植民騎士団か」
手持ち無沙汰になったジークとリヒャルトは、ふらふらと宮殿の庭を散策していた。くしくも庭園には秋薔薇が咲き始めており、瀟洒で美しい景色が作られていた。もう少ししたらいい具合に紅葉するに違いない。ジークはこういうロマンチックな空間にいると鳥肌が立ってしまうタイプで、リヒャルトの姉妹たちが好きそうだ、という感想しか抱けない。
「ヴァランダンが心配だわね。ザイツェタルクがロイデンの盾ならヴァランダンはロイデンの剣、ヴァランダンが暴走すると帝国が瓦解しかねないわ」
そんなことはリヒャルトに説明されなくてもわかっている。ザイツェタルクは南方の遊牧系の異民族から帝国を守っているが、ヴァランダンは東方の山岳系の異民族を倒して領土を広げてきた国だ。
「とはいえ地方といえば地方、ツェントルムとヴァランダンの州都にはかなりの距離がある。中央を追われた人間の亡命先としては適しているのかもしれない」
「お前はクラウス皇子が本当に生きていると思うか?」
「さて、どうかしらね。生きていたとして何になるのよ。あの女狐の言うことを肯定するのは癪だけど、どういう
リヒャルトの言葉に、ジークはぞっとした。
「三人が、全滅?」
リヒャルトはにっこり笑った。
「ぐちゃぐちゃ言う親族をみんなぶっ殺せば帝冠が転がってくるのでは? ルートヴィヒ帝にはクラウス皇子以外の兄弟はいなかったんですもの、人心が離れようがどうなろうが、生き残った皇子が帝冠を継承しなければ今の帝室の外から皇帝を迎えねばならない。でもそれがロイデン帝国にとって一番の悪夢のシナリオよね」
おぞましい想像に口を閉ざしたところ、少し離れたところから話し声が聞こえてきた。リヒャルトも声がするほうに顔を向けた。
「こんにちは、カール」
噴水のほとり、座れる高さの石組に、ひとりの少年が座っていた。そして、その少年に二人の青年が詰め寄ってきた。少年はクラウス皇子の息子を名乗るカール、青年二人はフレットが連れていた双子だ。
「ご挨拶に来たよ」
「仲良くしてほしい」
「我々はノイシュティールンの人間だよ」
「怖くない、怖くない。緊張しなくていい」
同じ顔をした成人男性に左右から挟まれたら怖いに決まっている。実際にカール少年は緊張した顔で双子の顔を交互に見ていた。
フレットは行動が早い。自分が首脳会議で身動きが取れない分、手の者を放ってカールから情報を得ようとしている。恐ろしく有能な男だ。
カールはフレットとヴォルフの相性が悪いことを知っているはずだ。ヴァランダン育ちの彼がヴォルフの敵であるノイシュティールン勢を敵とみなさないわけがなく、十二歳の少年には酷なことである。
「私たちも話しかけてみましょうか」
リヒャルトが言った。
ジークは少し悩んだ。ノイシュティールンの魔の手から無垢な子供を救う、などというヒーローになる気はない。
即答しなかったジークに、リヒャルトが続ける。
「ノイシュティールンに出し抜かれるわよ」
「それは困る」
二人もカールたちに近づいた。
「ご機嫌よう」
リヒャルトがそう挨拶すると三人の視線がこちらを向いた。
「ご挨拶がまだだったわね。私はリヒャルト・グルーマン。ジークの子分よ」
そう言って右手を差し出すと、双子がそれぞれ名乗った。
「俺はアーデルハルト・ファウンター。フレットの子分」
「僕はエーレンハルト・ファウンター。フレットの子分」
子分同士握手をする。
「いい名ね、
「そうだろう、俺もそう思う。気軽にアーデルと呼んでくれ」
「僕たちも気に入っているよ。気軽にエーレンと呼んでね」
今名乗ってもらったばかりなのに、二人の違いがほんの些細な口調の変化しかないので、すぐどちらがどちらかわからなくなりそうだ。
挨拶を終えたところで、一同がカールを見た。縮こまっているカールが、もごもごと「こんにちは」と答えた。
「いじめに来たわけじゃないわよ。少しあなたとおしゃべりしたいだけ」
「俺たちも。なにも誘拐してノイシュティールンに連れていこうというわけじゃない」
ノイシュティールン民でフレットの子分のこいつらならやりそうだった。
「おしゃべり、とは、何をですか?」
カールがおそるおそる口を開いた。
「僕は何も知りません。クラウスさんが僕の父親だという話もつい最近聞いたばかりで、あの人がいつどこから来たのか知らないのです」
まったく口が利けないわけではなさそうだ。荒くれ者が集う辺境の地で育ったわりには上品な言葉遣いをする。
しかしそれは狡猾なリヒャルトや賢そうな双子を前にすると充分会話の糸口になる。
「クラウスさんとやらとは親しかったのかしら」
カールが小首を傾げる。小動物めいている。
「まあ、そうなのでしょうか。確かに、よく面倒を見てくださいました。実の兄のように思っていたのです。それがまさか父親だなんて」
「周りの反応から察するに顔がよく似ているらしいが、自分では気づかなかったのか?」
「クラウスさんは顔に火傷の痕があるのです。顔の半分がただれていて、特に目元は説明しがたい状態でして。ですので顔立ちがどうこうというのはよくわかりません」
うつむいて溜息をつく。
「言われてみれば、髪の色や瞳の色は同じです。でも、ロイデン人としてあまり珍しい色合いだとは思わなかったのです。ヴァランダン民には少ないですが、クラウスさんも僕の父も西のほうから来たのかな、ぐらいにしか思っていなかったのですよ」
「まあ、うん」
確かに、ここにいるリヒャルトも双子も黒髪である。色味だけとってみればそこまで希少だとは言いがたい。碧眼も、今でこそロイデン帝室の色だと言われているが、完全に帝室固有のものというわけでもなかった。
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