特に何もない男

 自分が他の人とはちょっと違うんじゃないかって気づいたのは子供の頃だった。別に超能力があるとかそういう話じゃない。

 一言で言えば頭が良い。お勉強ができるということじゃなく相手の心理をうまい具合にコントロールできる。この人は今こういうことを望んでるんだな、こういうことを言って欲しいんだな、こうやればあっさり引っかかるんだな。観察力が優れていたんだろう。それをどう使いこなせるか扱えるかを思いつくのが得意だった。


 人によって対応を変える。だから敵を作らない。人によってあまりにも態度を変えてしまうと八方美人だねと言われるのでそこは本当に慎重に動いた。そんなある日だ、知り合いに何気なく言われた一言「器用に生きるよね、カメレオンみたい」

 どんな場所にも風景にも馴染んでしまう擬態能力。その言葉に腹が立たずにそういう生き方もあるなと思いついた。中肉中背をキープしてこれといって目立った特徴のない体型。身長もそこまで高くないので女装もまあまあバレない。裏で流行っているちょっと危険なアルバイトをしたりして。そうするといろいろなヤバイ知識も身について来る。ヤバイ事をしてくれる知り合いも増える。


 そんな時に知り合った女。普通のやつじゃないっていうのすぐに気づいた。だってこれから何が起きるのかわかっているかのようにうまい具合にすり抜けて生きてる。普通の人なら気づかないだろうが、俺は気づいた。

 自分と同じ頭が良い人間なのかと思ったけど違う。気になって調べてみたら子供の頃に超能力がある、みたいな噂が立っていたと元同級生から聞くことができた。普通だったらありえないだろうと思うだろうが直感としてそういう人間なんだなと思った。

 なぜなら似たような奴を知っていたからだ。大学の時に同じ学部の後輩だったのだが、親しい友人は特におらず当たり障りのない対応してひっそりと生きるやつ。周りからは面白みのないつまんない奴だという認識だったようだが、それが仮面だとすぐにわかった。あえて目立たないように生きているんだこいつは。 これも元同級生などを調べればすぐにわかった、おかしな力があると。


未来を知ることができる女と過去を知ることができる男。


すごく面白いなと思った。今まで生きてきて一番ワクワクした。

だからちょっとしたゲームをやってみたくなったんだ。不可解と思われる出来事が起きた時、果たしてどちらが先に真実にたどり着くのだろうか。


 今のところは五分五分だ。過去を見る男は犯人が女だと、俺の用意したトラップに見事に引っかかっている。

 どういうアプローチをするとどう動くのかを細かく観察してきたけど、男も女もどうやら断片的な画像でしか見れないみたいだ。音声や映像として見ることができたら女が犯人じゃないってすぐに気づきそうだがそれがわからないって事は、写真のように画像でしか見ることができない。

 俺が女の変装をして殺害から遺体処理までやっているを見事に女のやったことだと認識しているみたいだった。画像でしか見れないならそりゃそうだな。家に届けられた送り主のない手紙を読みながらそう思う。


”あなたのやった事は分かっています、自首してください。”


 その文章とともにどんな方法でいつ何をしていたのかが事細かに書かれている。惜しいなぁ、この事件が殺人事件で犯行内容は合ってるんだけど根本的なところが全然違う。



ガチャンとドアの開く音がした。振り返ると妻がいる。


「寝てなくて大丈夫?」

「大丈夫、もう気分は落ち着いたから。ごめんね」

「無理もないよ。事件からちょうど今日で一年なんだ、いろいろ思い出しちゃったんだろう。まだ心ない言葉も多いけど応援してくれる人がだいぶ増えてきたから頑張ろう。君一人で頑張らなくていいんだよ、俺もいるんだから。支援団体の人たちも協力してくれてる」

「うんありがとう。それでね、最近家事とか結構あなたに任せっぱなしにして来ちゃったから私がちゃんと家事をやるから」


郵便受けをチェックしたいからか。


「朝新聞に取りに行くのも私がやるから置いといて大丈夫」


おかしな手紙が届くってわかったっぽいな。一度開封したから同じ封筒で作り直しておこう、特定されないようにコンビニで売ってる封筒使ったみたいだからチョロい。


「そっか、じゃあ頼むよ。薬はまだある?」

「うん。心療内科に行く回数も少し減らしてみる、自分で一方踏み出さないといけないから」


手紙をウチの郵便受けに入れた男の顔立ちがはっきりわかったから、それを手がかりに探す時間が欲しいからかな。


「君が自分でそう決めたんだったら俺は止めない。でも無理してるなって思ったら声をかけるからね」


精神的に辛くなると能力が不安定になるみたいだから。それじゃつまらない。


自分が手に取る手紙が届いた直後なのか、一回開封されたものなのかの区別は、まあつかないよね見えるのが画像だけなら。

風呂場で行われた解体作業も、車で家に帰った直後なのか誰もいない翌日なのかの区別がつくわけもない。月日まで表示する時計があるならわかるけど。画像だけしか見えないとそういうところが不便なんだよな。


結局さ。過去や未来が見えても、それを解釈するのは人間の脳みそだ。余計な推測と勘違いと想像が織り交ざって、事実がどんどんねじれていく。

面白い。





過去を見ることができる僕にしか、彼女の自首を促すことができない。かわいそうな女の子を救えるのは僕だけだ。



これから起こる未来を知ることでより早く手がかりを見つけることができる。心当たりのない不気味な手紙もきっと犯人だ、犯人じゃないとそんな情報知り得ない。夫には娘がもうこの世にいないと言えないけど、必ず犯人を捕まえてみせる。それができるのは私だけ。



楽しいな。この最高のゲーム楽しむことができるのは俺だけなんだけだ、本当に楽しい。

超能力がない奴が一番器用に生きてるのが、最高に笑える。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

超能力者は万能じゃない aqri @rala37564

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ