第40話 終幕

「俺は良くてもこれを望まない奴らが沢山いる、今あるフツーの世界のままで生きたい奴らだっている」

「おっさんはやっぱ真面目だな」

「俺は矛盾してるだけだ」

「矛盾のないニンゲンなんていねーぜ、みんなダブルスタンダードだ。世界をぶっ壊したいんじゃなかったのか、最初の願いだろ。お望み通りの結末がすぐそこまで来てるんだぜ」

「本当に終わっちまったら楽しくない、会社が潰れた時もそう思ったんだ」


膨張した悪魔筋にネイルハンマーを手渡した、俺の腕と変わらないそれは反発する事もなく素直に受け取る。さらに、右腕だけを残して防御をさせない為に体を分散させるイメージをした。蜘蛛の巣のように広がった赤い身体が地面に根を張る。


「……マジか」

「マジだよ」


第二の利き腕は、薄くなった頭部へとハンマーを振り下ろす。そこで俺の意識はブラックアウトした。


――――――――――――――――


快晴の青空をエアホッケーの円盤が舞っている、港町の防波堤沿いを角の生えた真っ赤な髪の毛の女子高生の服装をした少女が円盤を空に投げてはキャッチして遊んでいた。少女のスクールバッグにはウサギの人形が取り付けられていて、ぶらぶらと揺れている。その大きさはペットボトルくらいはありアクセサリーとして適しているようにはみえない。さらに人形の持ち主の赤い髪の少女は短いスカートのせいでここからは白いパンツが丸見えだった。


「やってくれたな」

「わるいな」


悪びれもせずに笑いながらそいつは言った。俺はそいつの後ろを歩いて進む、盲目的に、主従的に。そいつは自販機の前で止まり飲み物を選び始めた。先日降った大雨のせいで残った水溜りに映る自分の姿をまじまじと見つめる。短い手足、牙だらけの口、楕円形の黒い瞳、そして全身灰色の身体と二本の角。俺はペットボトルサイズの三頭身の悪魔になっていた。


「どれ飲む? ってブラックしか飲まないか」

「それが俺の身体ね」


四十間際の中年とは似ても似つかぬ若々しい十代の少女の身体がそこにあった。


「自然に優しい再利用って奴だな。いやぁ~、ニンゲンの身体はいいなぁ」

「そーかい」

「空気も美味い、生きてるって感じがするよ」

「ふぅん」

「怒ってんのかおっさん?」


女子高生は振り返ってしゃがみ込み、顔と同じ位置まで俺を持ち上げた。


「ありがちだなと思ってな」

「悪魔に肉体を奪われるのが?」

「ああ」

「感想は?」

「存外悪くない、飲み食いもできるしな」

「……フツーそこはキレ散らかすとこだぜ、裏切られたとか言ってな」

「予想出来ただろこんなのは」

「あっ、みろよおっさん。リヴァイアサンだ」


海の遠くで異様にでかいウミヘビがうねりながら水面をかき分けて進んでいた。


「三百メートルくらいだからまだ幼体だぜあれ、っとそれよりみろよ今日のニュース」


スマホの画面が俺の目の前に突きつけられる。首都への魔物出現の速報と、それを駆除する政府が用意した志願制の討伐部隊動員の告知を淡々とニュースキャスターが読み上げる。あの日以来、日本中に唐突にダンジョンが出現するようになった。下水道、洞窟、地下室等、暗く広い場所が延々と続く回廊へと変化した。ダンジョンからは魔物が現れたが、同時に宝も現れそれを目的とした強盗団や詐欺の集団が問題になっていた。犯罪者を追うことで警察は忙しく、宝が生まれる国になった日本を狙う周辺国を睨みつけるので自衛隊も忙しい。


「イガリんとこのアレの活躍見た政府が打診したらしいぜ」

「裏社会の奴らが活躍できる良い時代になったな」

「世の中の奴らはよぉ、自分の立ち位置に不平不満があるからくだらねー事件を起こすんだよ。一攫千金のチャンスを作ってやったんだから感謝してほしいね」

「これがバランスの取れた社会か?」

「完全なバランスなんてもんはどこにもないよ、どこかはいびつだ。金ぴかの天秤だって持ち上げてみれば底の方には潰れた虫くんが張り付いてる」

「せっかく自分の頭を砕いたのも無駄だったんだな。魔物はあふれ出したまんまだ」

「いい話もあるぜ」

「なんだ」

「あの場に居たガキや親は助かったよ、それにちょっとの行方不明者には誰も関心を持たなくなったしな」

「へぇ」

「あー、もう一個ある、聞きたいか」

「う~ん」


赤い悪魔は俺と唇を重ねた。


「おっさんはアマエチャンのもんだ」

「そうか」



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人を殺して異世界に送ってあげる簡単なお仕事をするおっさん 南米産 @nanbei-san333

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