第39話 決断

「んで、もともとのプランはどんなんだったんだ」

「ヒーローをボコって悪魔の名乗りをあげようかと」

「それ見た子供がギャン泣きだな、いいアイデアじゃん。でもよぉ、盗撮じーさんの死体を持ち上げて会場に投げこむ方が印象深いぜ。そんで鏡開きみたいに脳みそ全部飛び出るまで頭を殴りつけてやれば、ガキ共はまじでびびって今すぐ悪魔崇拝者になってくれるに違いないぜ」

「サービス精神旺盛だなぁ、でも鏡開きの餅は食えなくなるまで叩くもんじゃないぞ」

「脳みそ食いたいのか?」

「いや全然」


ジジイの身体を持ち上げる、見た目こそ太めだが魂の抜けたスカスカの肉体だ。意思の無い死体は重くなるというが俺はもう疲労しないので重さも感じなかった、ずっと持ち上げていられる、俺は死体持ち上げのチャンピオンだ。停止解除と共に思い切り投げ込み、一気に駆け寄ってジジイの死体の頭部にハンマーを振り下ろす、咄嗟とっさの出来事に誰も反応できない。


「俺は悪魔だ」


砕いて砕いて砕いて、脳みそがカラになるまで殴打してから固まって動けないニンゲン達に宣告する。会場の演出かと勘違いし黙って見ていた観客たちの一瞬の静寂の後に悲鳴が響き、イガリの殺人グループはそれぞれ武器を抜きこちらに向かい動き出した。鉈、鎌、マチェット、折り畳みナイフ、ナックルダスター、バールのようなもの、ヒトゴロシ用凶器で武装した殺し屋の一般人が飛び掛かってくる前に風船を膨らませるイメージを行う、すると生暖かい空気があたり一面に充満した。


次の瞬間、光沢を放つセラミックタイルだったはずのショッピングモールの床が裏返り次々に古めかしい石畳へと変わり、周囲の壁の建材はレンガへ変化していく。みな呆気に取られて声もでないらしかった、イガリは尻もちをついたまま唖然としシノザキは二階の通路の先をみたまま固まっている。その視線の先には外見のぼやけた中型犬程度の体格の存在が居た、それは蛙、鶏、豚の順に姿を変えていき今見ている間にも別の姿へと変わっていった。それは前足を蹴りあげ、威嚇いかくのような動きをとっていた。


「まずは一匹」

「モンスター?」

「オオワダの世界に居た魔物だよ」

「不定の魔物だったか」

「そうそう、訓練積んだ王国兵士なら相手できっけど現代の殺し屋さんはどうかねぇ」


ぼやけた豚の身体が倍以上に大きくなり、体毛が伸びて下あごから牙が生えた。イノシシの怪物へと変わったようだ。イノシシはシノザキに向かい突進をしたが回避され、眼の辺りにナイフを突き立てられ悲鳴をあげる。目元からは黒い液体がドボドボと激しい勢いで漏れ出している。


「おーやるじゃん」


赤い悪魔がパチパチと拍手をする。


「今のとラーメン屋でのおっさんの奇行が効いてきた」


悪魔筋に力をこめると悪魔血管が浮かび上がる、本来の力が戻ってきていた。そこら中から悲鳴が聞こえたが、一際大きな声がする場所があった。黒い電柱が石畳の路面を突き破りせり上がってきていた。その中央には人型の消し炭みたいな物体が鎖で固定されていてそれが口を大きく上げたまま悲鳴をあげていた。


「声に引き寄せられてやってくるぞ」


不定の魔物が石畳の隙間から次々に現れた、体を大きく膨らませながら市民に襲い掛かろうとするところで武器を持った殺し屋たちが割って入る。市民に襲い掛かろうとしたぼやけた大型のペンギンの頭が斬り落とされ転がった、どこから持ってきたのかキリノが巨大な十字架に仕込まれた刀を抜いていた。世界観がもう滅茶苦茶だった。


「なにが起きてるんだ」

「あっちとこっちに繋がりが出来た、これで世界を変えられるぜ、全部を覆い尽くせる。温かい世界の出来上がりだ」

「どう変わるって?」

「行きたかったんだろ、異世界に」

「あぁ?」

「見ろよこれを、この地球ごと全部異世界に変えてしまえるよ、おっさんの望むレベルやスキルや魔法が飛び交うファンタジーな世界にな」

「マジ?」

「今はこの周りだけで精一杯だが、チカラが戻れば全てが変わる。だからもっと悪魔らしいアピールをしてくれ」


言われて周りを見るとレンガや石畳に変化したのは会場の周辺だけだった。ショッピングモール奥で普通に買い物を楽しむ人々は何事が起きたのか分からず困惑しているようだ。赤い悪魔の話を聞くために時間を止めた。


「全てが?」

「ぶっ壊したいんだろ、この世界を」

「ああ」

「嫌だったろ、決して主役になれない社会の歯車でしかない人生は」

「そうだな」

「これで現実世界の法則をぶっ壊せるぜ、おっさんの願い通りだ」

「どうなる」

「異世界で現実を取り込む、クリームソーダみてーなシュワシュワであまあまの奇跡のコラボレーションの開幕だな」

「それって天秤がぶっ壊れた後の世界みたいだぞ」

「それとは全然くらべものになんねーよ。まじ崩壊だからなそっちは。こっちは奇跡のバランスだぜおい」

「異世界に娯楽なんてないだろ」


「そんなのどうにでも出来るだろ。うーん、ダンジョンの奥深くに太古の遺跡を用意してそこがゲームセンターになってるってのはどうだ。音声付きの愉快なウサちゃんの詰まったUFOキャッチャーもあってさ」

「どうだとは?」

「世界を覆い尽くせばなぁ、お望み通りの設定に作れるぜ。ウサちゃんがいやならネコちゃんでもいいし。あることもなくすこともできる。チートをいくら持っても良い、国民全員にチート能力の無料配布の大盤振る舞いでもすっか。全員が勇者で魔王のリポップ待ち出来る位滅茶苦茶な世界でも作れる」

「あの魔物は俺から生み出されてるんだな」

「そうだ」

「俺は地獄を作り出すクリエイターになったのか」

「おお、すべては自由だ! なにを思おうと! なにをしようと!」

「ははは、そりゃいいな」

「いいだろぉ~!」


俺と赤い悪魔はジジイの死体が転がり、誰も動き出さない空間でひとしきり笑いあった。時間停止を解除。あちこちで悲鳴が木霊している。逃げまどう子連れの家族とそれを襲おうとする不定の魔物と、その前に割って入る殺し屋達。もう既にここは俺の知っている日本ではなくなっていた、異世界そのものだ。


泣き声が聞こえた、ヒーローとの握手を待っていた子供が会場の真ん中で立ち尽くして泣きじゃくっていた。それに気づいた人型になった不定の魔物が二足歩行でゆっくりと近づく、ぼやけた右手にはハンマーのようなものが握られている、ヒーローは居ない。三人のレッドは会場に背を向け大急ぎで走り去っていく、凶器が子供の頭上で振り上げられた時だった。人型の不定の魔物は真横から突如現れた黒い物体に体当たりをされゴロゴロと石畳の地面を転がる。


「逃げろ!」


体当たりをして叫んだのは、怪獣だか怪人だか分からないヒーローの敵の着ぐるみだった。敵の着ぐるみはすぐに不定の魔物に左腕で首を掴まれそのまま持ち上げられた、不定の魔物の顔面が広がり赤いヒマワリへと変形する、ヒマワリの中央からボタボタと液体が零れ落ちる、それぞれの花弁が脈動している、種の部分に見えたのは全て真っ黒な牙で全体像は大きく裂けた口だった。浮かび上がった敵の着ぐるみは苦しそうに足をばたつかせる。


「いいぞやれ!」


赤い悪魔の力強いエールが鼓膜に響く、着ぐるみが食われる寸前に時間を止めた。赤いヒマワリは突如硬質化した人間に首をかしげ、俺は膨張させた悪魔筋でその傾いた頭部を掴み握りつぶした。


「だあああああああ!! なにすんだおっさん!!」


赤い悪魔は憤慨している。


「なぁ、アマエチャンよ」

「どうした?!」

「思い返せば中々愉快な時間だった。山に登ったり、ゲーセンで遊んだり、喫茶店とラーメン屋でマジックを披露したり、銭湯で星を眺めたりしたな」

「おう、これからもっと楽しくなるぜ!」

「だがなぁ、これじゃあ駄目だ」

「なにがだめなんだよ」

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