第38話 超越

「ヒーローがすきなんですか」

漠然ばくぜんとした憧れとも呼べない刷り込みがあっただけだ」

「刷り込み」

「これが正しい行いなのだと、幼少時代に世間の流れとして叩き込まれる」

「ヒーローショーは正しくないと」

「別にいいんじゃないか。子供も喜んでるし、こんなのは所詮お芝居だ、分かりやすい表現方法にすぎない」

「子供時代に憧れていたものや好きだったものはないんですか」

「ないな」

「私は、憧れがありましたよ。やはり、探偵になりたかった」

「あんたは事務所持ちの探偵だろ」

「探偵とは言えませんよ、あんなのは」

「古めかしい館で起きる怪奇な連続殺人を止める名探偵なんて、世界のどこにも存在しやしねーだろ」

「それでも、悪魔はいた」


イガリは深くため息をついた。


「年甲斐もなく、私は喜んでいたのでしょうね。貴方に夢をみた」

「どんなだ」

「叶わぬ夢を諦め。残りの人生を託してみようとしたのです」

「そんなしわくちゃになってまだ夢は諦められないんだな」

「ええ、みっともない話です。未練しかない。でも諦めるしかない」


イガリがモールの三階に向けて指を差した、その方角に目を向けると子供を連れていない大人の集団がこちらを凝視していた。その指は二階、一階へと順に下ろされる。

今日は子供の為のお祭りだというのにどこも不審者だらけだ。


「オトモダチか」

「以前間接的に助けた人々です。いまは自ら進んで情報提供者になってくれています、それだけの関係でしかないのですが、ここまでついてきてしまって」


ここまでついてきてしまってというのは、殺人グループの仲間入りという意味だろう。集団の眼は血走っている、獲物を見る眼だ。


「あんなにいるとは思ってなかったな」

「服の中に武器隠してるぞあいつら」


抱えられた赤い悪魔がそう言う。確かに、全員懐やポケットに手を突っ込んでいる。


「お前を殺したら連中が一斉に襲い掛かってくると」

「私はしたくありません、ですが私が死んだ後に制御はできそうもありません。人は、誰かの助けを必要としているんです、彼らも誰かを必要としていた」

「殺人秘密結社の誕生秘話か」

「こんな予定ではなかったんですよ本当に」

「大変だな」

「シノザキくんから聞かされましたよ。貴方が弱くなったと」

「ああ、俺も大変でね。色々悪魔との契約があってな。一時的なもんだ」

「痛そうですね」

「まぁな」


スーツの脇腹あたりがくすぐったい、赤い悪魔が精いっぱいの力で叩いていた。


「問答の途中だがよ」

「どうした」

「黒いタマシイのニンゲンがいるぜ」

「あ?」

「帽子被ってカメラ構えてるじーさんだ」


首を隣に傾けると、たしかに一眼レフカメラを構えるハンチング帽を被った小太りの老人の身体からは黒い光が漏れ出していた。カメラの向きが微妙におかしく、ヒーローではなく順番待ちをする子供の方へと向いていた。あれが、本性が剥き出しになる瞬間の光か。停止空間圏内に現れるとは僥倖ぎょうこうか。


「保護者のふりして子供を盗撮してる変態野郎か」

「そーだろーな。家の中は他人のガキの写真でいっぱいだろうね」

「はぁ……。あっちもこっちも忙しいな。ババアだのジジイだのは放っておいても地獄に堕ちると言うのにまったく」

「多分、最後のチャンスだぜ、奇跡って奴だ」

「たいした奇跡だな」

「どうしました」


急に黙った俺を見て、イガリが尋ねてくる。ちょっとまて、悪人が居るから殺してくるわ。と言った所で先にイガリファミリーのメンバーに盗撮ジジイを取り押さえられてオシマイだろう。社会人にあるまじき行為事後報告となるが殺害してから教えるしかない、そう考えているとさらに問い詰められた。


「貴方と悪魔の契約の内容を教えてもらえませんか」

「社会人には守秘義務ってもんがあるんだ、探偵だってそうだろ」

「悪魔もな!」

「……力を与える代わりに誰かを殺せと?」

「しらんな」

「そのせいで貴方は変わってしまった、おそらく以前の貴方は違った。きっと心の優しい愉快な人だったはずです」

「勝手に決めるな」

「今からでもこちら側に来て欲しい、ただの人殺しでは幸せを掴めない」


これが宗教勧誘のやり方か、無性に腹が立ち、近寄るイガリの肩を押した瞬間にドンッと、強い衝撃が胸の辺りに走った。

胸から何か生えている。ナイフだ、ナイフが柄まで突き刺さっていた、倒れ尻もちをついたイガリが目を見開く。


「時間を止めろ!」


赤い悪魔に言われるがままに時間を止めた、会場の喧騒は完全に静まり全てのニンゲンが停止した。動いているのは俺と悪魔にカメラの老人だけだ。


「やべえやべえやべえ、どうしよう」


赤い悪魔が狼狽している。俺は突き刺さったナイフの位置を当てにして二階あたりを見た、シノザキがいた。腕を前に伸ばした状態で硬直している。


「駄目っぽいな」


吐血した。折角治療を終えたばかりだというのに、直後に大怪我をしてしまった。

もう今度ばかりは正直どうにもなりそうもない。激痛。左肺をやられた。

あまりの痛みに俺も座り込んでしまう。


「ああああ、諦めるなおっさん!」

「これはどうにもならねーだろ」

「なんだ? おい、それどうした」


急に動かなくなったニンゲン達に驚き辺りを見回す老人は俺の存在に気づきカメラを下ろして近づいてきた。俺は老人に質問をした。


「ここに家族はいるのか?」

「なんだって?」

「子供の写真を撮ってたろ」

「いやその、えっと」

「児童ポルノだな」

「な、ちが……。ぜんぜんそんな」


老人はしどろもどろになり口をつぐむ。


「いないのか、あんたの関係者は」

「そんなのお前には関係ないだろ」


お決まりの言い訳。


「立て! そんでそいつを殺してくれ! そうすりゃどうにかなるかもしれねえ!」

「今までレベルアップして傷が全回復とかしなかったが……。どうにかとは」

「わからん! 奇跡を信じろ!」

「南無阿弥陀仏」

「急に念仏唱えだして頭がおかしいのか? わしがどこで写真を撮ろうと」


血を吐きながら、老人の頭を目掛けハンマーを振った。

人は死の間際になると腕力も上がるらしい、老人の両目は飛び出していた。

何が起きたのかも分からず老人は死んだ。

暗い光が身体に吸い込まれていく。


【第五の能力 超越ちょうえつ者】


「うおっしゃああああああ!!!」


抱えられた赤い悪魔が叫ぶ。


「どうした」

「引きずり出せるぞ」

「あん?」

「はやくこれ使え!」


どこからともなく俺の手元に現れたコルクで栓をされた金色の試験管の中には、赤い液体が揺れている。


「なんだこりゃ」

「最上級のヒーリングポーション!」

「飲む用か?」

「かける用!」


痛みで震える指で蓋を取り外し、ナイフの突き刺さった部分に液体を垂らす。

液体は柔らかく、温かみがある、瞬時に肉体の内側からモコモコとなにかがせり上がってくる、ナイフが外側へ押し出されていき、地面へと落下した。


「やった、治っていくぜ」


胸の傷は完全に消えていた、痛みも傷跡も無い。


「異世界のアイテムか」

「背中や顔、痛んでるとこにかけなよ」


試験管の中の液体を化粧水のように手のひらに落とし、背中と顔に塗りたくる。

すぐに痛みが引いていくのが分かった。


「おお、まじか。魔法みてーだ」

「停止空間を解除して広げるイメージを作れ」

「広げる?」

「この広間を満たす程度のでかいイメージが必要だ、とにかくでけぇ感じの奴。なにかないか」

「説明がふんわりとしすぎだろ」

「なら風船を膨らます程度のイメージで良い」

「……風船ね」


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