第37話 ヒーロー
「なにしに行くんだ? こういうヒーローが好きなのか?」
「特撮ヒーロー系はガキの頃以降まともに見ていない」
「じゃあなんでさ」
「それでもこういうのを見ると懐かしいと思うんだよ」
「懐古主義は文明の停滞だぜ」
「新しいものも好きさ」
「それで?」
「逃げ切っちゃいない、あいつらはどこにでも現れる」
「お出迎えするってことね」
「そうだ」
ショーの見学前に道中で多目的トイレを見つけたのでそこで時間を止めて応急処置をすることにした。殴られた頬も蹴られた腕もズキズキと痛む、特にナイフの突き刺さった背中が痛い。走っている間はアドレナリンが出ていたせいか痛みを気にする余裕も無かったが今になって激痛が襲ってきた。肩の肉を切り裂いただけで臓器には到達していないのが幸いだ。
「チカラはちょっとは戻ったか?」
「おっさんの奇行のお陰かなんかしらんけどさっきよりはましだな」
「そうか」
こんな事態になるとは想定していなかったが、死体を埋める前についでに買った緊急事態用のファーストエイドキットを開く。そのなかから湿布を取り出し、赤黒く変色し、内出血している両腕と頬に貼りつける。残るは背中だが刺し傷ばかりは万能薬の湿布でもどうにもならない。
「ここに針と糸があるな」
「それがどうしたんだよ」
背中からナイフの柄を掴んで引き抜ぬくと、血がドバドバと大量に出ていく。
「おわっなにやってんだ!」
「これで俺の背中の傷を縫ってくれ」
「無理言うな!」
「俺の背中で芸術作品作って欲しい訳じゃない、血が止まればそれでいい」
「手がうまくうごかねぇよ」
「口を使え」
「セクハラか?」
「そんなわけねーだろ、このままだと出血多量で死んじまう、手伝うからはやくやってくれ」
「しょうがねぇ」
手術をする為に背中に張り付いた赤い悪魔の為に糸を通した針を背中側にまわすとそれは受け取られ、背中にブスッと小さな痛みがやってきた、手術自体は麻酔もないから激痛をひたすら我慢するしかない。我慢は唯一の得意技だ。
「針受け取れ」
「おう」
針で皮膚が突き破られ、それを受け取って赤い悪魔に手渡す。
これを繰り返し、不格好ではあるが血が出ないようなんとか傷を塞いでもらい、包帯を巻いてからあちこちに飛び散った血と服に染み込んだ血を吸い取る。
ゴミや汚れなどは分離され、不純物の混じらない自分自身の血液なのだからどうにかできないだろうか、回収しておけば輸血に使えるはずだった。
「試してみるか」
念じてみる、手元に落ちるのではなく体内に循環するように。
脳内にあるアイテム欄に収納された血液が消えていく、血液は外には飛び出さず血管に入り込んでいくなんともおかしな感覚がした。
「おっすげー、そんな使い方あったんだな。ニンゲンの想像力は面白いわ」
「手伝いありがとな」
「ひとつ貸しだぜ」
「飯を散々奢ってやったろ」
「ガールに奢ったもんをぐちぐち言うのはよくないぜ」
「わかったわかった」
アイテム空間からミネラルウォーター取り出す。
「飲むだけで肉体が治療できるポーションがこっちにもあったらこんな面倒な作業必要なかったんだけどな」
「現実にはそんなものないんだよ、あってもクソまじいぞ」
「それもイメージのせいか?」
「大多数の想像によりそう決まったんだ」
「その大多数が望んだ世界が実は地獄だなんてな」
「あいつら結末までは考えてないからな、ずっと留まりたがる。マオーさま倒したらやることなんてないだろうに、そこが付け入る隙になってんだ。死に際は潔く決めてくんねーとダメだぜ」
「おい、そんなん教えてたらまた弱くなるぞ」
「散々説明したから言わんでも気づきそうな事実だろ、この程度は平気だ」
「いやぁ驚いたよ、腰が抜けた、もう立てない。じゃあ行くか」
「それ実際に重症だから入院したほうがいいぜ、血戻しても傷が治る訳じゃねーし」
「ベッドにいるあいだに殺し屋がやってくるだろ」
「そうだったな」
「傷が完治するまでここで時間止めたまま三ヵ月くらい療養できたりしねーか?」
「長時間止め続けてっと時間間隔が狂って死ぬぜ」
「今更言うなよそれ」
「きかねーからじゃん」
「おっさんはな、常にどうにでもなれの精神で生きてるんだ」
立ち上がり、治療費の削減には役に立ってくれない時間停止を解除した。
――――――――――――――――
ショッピングモールの入口へと多くの家族連れが入り込んでいく、子供が笑顔で早く行こうとせがんで手を引くその隣を俺は通り抜けるように進む。
会場はこの少子化の時代でも子供で満員、子供たちの視線の先には赤色のゴムの全身スーツを着込んだ三人のヒーローが居た、全員赤だ。
他の色の隊員は存在しない、奇抜な展開で子供から大人まで人気を博しているらしい程度の情報はネットのまとめで知っていた。
「おれはレッド!」
「あたしもレッド!」
「わいもレッド!」
「「「怪人! 覚悟しろ!」」」
お決まりの決め台詞と共に黒色の怪獣だか怪人だかよく分からないデザインの敵を相手に三人のレッドが戦いを始めた。椅子に座るには整理券が必要らしかったが俺には立ち見で十分だった。適当なお遊戯会のような戦いのあと、赤のヒーロー達が一斉に黒の怪人がいる直前辺りをグーで殴ると黒の怪人は体操選手みたいな動きで空中回転してからボーンという爆発のサウンドエフェクトが会場に響き。
「覚えていろよレッド達!」
と捨て台詞を残し自発的に舞台の後ろ側へとはけていく。子供たちは怪人を倒したヒーローに歓声を送るが、俺は見事な動きだ、と怪人に拍手を送りたい。
戦いが終われば、立っているのはヒーローだけで、三人のレッドは子供たちの声に応えて手を振り返している。アナウンスが流れこれから握手をしたりヒーローと一緒にポーズを取って写真撮影ができるとのことだったが、実際には夢も希望も無い有料のサービスだ、拝金主義の成れの果て、世の中はやはりリアルに出来ている。
「昔はこういうのと握手したのか」
「覚えてないな」
「ガキのころなんてそんなもんだな……。おっさん」
「なんだ」
「きたぞ」
「ここにいたんですね」
そう言って隣に立つ老人はイガリだった。
「よくここがわかったな、お前と同じで雲隠れ中だったのに」
「私には知り合いが多くて」
「何回も裏切りやがって」
「度々申し訳ありません、工場に到着したらキリノくんからシノザキくんが追って行ったと聞かされまして。私から連絡を入れて貴方を追うのを止めさせました」
「なんだよ、あいつ呼び出されて戻っただけかよ」
赤い悪魔ががっかりしたように言った、俺も同感だ。
「がっかりだな」
「がっかりですか」
「昔は分かりやすい善悪といえばこれだった、街で暴れる怪人を殴ったり蹴ったりして爆発させてしまえば感謝される、シンプルなもんだ。人知れず詐欺師を殺して山に埋めにいったり焼却炉で焼いたりはしなかった」
「私の時代は懲らしめるだけでしたね」
「時代劇か」
「暴虐を繰り返す悪人を成敗し、お代官様に突き出して悪は裁かれる、そして人知れず次の町へと旅立つのです」
「一つの場所にとどまったのが選択ミスか」
「ええ、異世界転生というものについて私なりに調べましたがそういうものなのでしょう?」
「そういえばそうだな、異世界の主人公は常に出会いを求めて移動していた」
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