第5話

 ハレムの庭は春を迎えて、芳しく輝くようでありました。宮廷の厨房から回廊を渡り、私はハトゥンのいらっしゃるハレムの離れへと、銀の皿を抱えてまいります。紗をくぐり書斎を覗くと、ハトゥンとメフメト様がクッションを設えて座り、絨毯の上に大きな図版を広げて、睦まじく話していらっしゃるところでした。差し込む陽光を弾く二人のお姿は神々しく、本当に互いを思いやる聖母子のようで、私は言葉を忘れそうになりました。


「ウルスラ、よくできている」


 メフメト様が顔を上げ、私の名を呼ばれます。お膝元の絵は、ハトゥンと私が一緒に描いたものでした。ハトゥンが幼い頃より何度も参拝されている、また、ハトゥンが支援している学者たち亡命者たちからの情報を集めて作成された、コンスタンティノポリスの精密な鳥瞰図。城壁の構造から道の一本一本まで、賑やかな市場や船着き場をあるがままに、そこを行き交う人々の足跡を辿るように描くことは楽しく、ハトゥンと共にまるで人形遊びのように夢中になっておりました。


「やはり三重の防壁が問題だな」

巨大バシリカ砲がよろしいと思います。照準は合いにくいでしょうが、全部押し潰せば良いのでしょう?」


 やれやれ、歴代皇帝スルタンたちが攻略できなかった神の都を、軽々と言ってくれる。メフメト様はそう笑われましたが、やがて現実となったのでした。



ハトゥン、と私は銀の皿を掲げもって言った。

コンスタンティノポリスが堕ちたということです。


 西の空から視線を戻し、ハトゥンは夢見るように呟いた。


柘榴ならもう、いらないわ。

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業果 田辺すみ @stanabe

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