真弓のノー日記
風鈴
真弓の日記
〇月○日 結婚式
今日は結婚式。
オシャレに決めた胸元が少し見える薄いブルーのドレスを着込み、オシャレに美容院で髪型を整え、ショコラブラウンのミディアムウィッグを付けてセミロングな髪にボリューム感とクラシックなおしゃれ感を演出してもらい、準備は万端。
あれ、私って美人なんだわと、改めて実感。
そして、式の最後に、恒例のブーケトスが行われた。
「「そーーれ!!」」新郎と新婦が声を合わせて、新婦が投げる。
ウエディングブーケは、両手を掲げた同僚たちや新婦の友達の頭上を飛び越え、あろうことか私の胸にスポっと納まった。
「わあーーー!!」
「良かったですね~~!」
「もう少しだったのに~!」
「スゴイ、真弓さん!結婚決定ですね!」
「羨ましいわ~、真弓」
「良かったじゃない、下柳さん」
口々にそれぞれの想いが私に向けて語られる。
「もう、びっくり!どうしましょう?」
私は困惑するばかり。
「真弓!よかった~~!!次は貴女が式を挙げるのよ!幸せになってね!」
新婦が私にわざわざ話しかけてきた。
「・・ありがとう。貴女こそ、お幸せに」
「ありがとう!!親友の貴女からそう言って貰えるのが一番うれしいわ!!」
こうして、つまらぬ茶番は終了し、披露宴会場へとみんなは移動し始めた。
私は、ひとり、式場近くのトイレへ行く。
そして、ブーケをゴミ箱へ押し込んだ。
全部入りきれないけど、そんなの知った事じゃない!
――――あのオンナ(新婦)、ワザとよね!ホントに性根が腐ってるわ!・・あっ、そうか、アイツ(新郎)も腐ってたか!ふん、お似合いだわ、バカップル!!
私は、披露宴へは行かずに家路についた。
〇月○日 帰郷
「ばあちゃん!もう大丈夫だからね!わたし、もうどこにも行かないから!」
「そうかい、そうかい!」
私は会社を辞めて生まれ育った故郷の
会社を辞めたきっかけは、あの結婚式だ。
あの式の後、すぐに会社に辞表を出す。
一身上の都合により、だ!
実際、ホントに一身上の都合なんだから仕方がない。
〇月○日 絵ハガキ
今日、絵ハガキが届いた。
元親友の新婦からだ。
これはモンサンミッシェル?
フンだ!
勝手に行ってろ!
うっわ!
恋人握りして写ってるよ、これ!
うっわ!
あの有名な、ふわふわオムレツじゃん!
チックショー!!
私も死ぬまでに絶対行って、食べてやるから!
〇月○日 実は!
今日は良い天気なので、この日記に一応、真実を書き留めておこうと思う。
新郎は私と付き合っていた。
結婚するものと思っていた。
たった一人の身内である祖母の体調が悪くなり、彼に、結婚して祖母と一緒に暮らしたいと言ったのだが、それから彼は私を避けるようになり、遂には別れることになったのだが、彼がその後付き合ったのは私の親友だった。
彼女はもちろん、私と彼が付き合ってた事を知っている。
だって、私が彼の事をいっぱい彼女に喋っていたから。
いつもうんうんと頷いて聞いてくれてたのよ!
しかし、彼は二股をかけていたことを、後に私は知った。
つまり、あのオンナは、私の親友のフリをしていただけ。
だが、良く考えると、私の友達って彼女しか居ない。
私はデキる女なので、女子達からも男子達からも私の出世を快く思われていなかった。
これって自業自得なワケ?
あの結婚式で、ブーケを手にした私に向けるみんなの視線を見て、私は確信したの。
―――早く結婚して円満退社しろよ!
―――おもしろーい!彼氏を取られた元カノへの皮肉よ、これ!
―――このひと、結婚なんてできるわけないわよ、うぷぷぷぷ!
―――主任がブーケを受け取っても宝の持ち腐れじゃん!
―――結婚したいんだwでも、ムリムリ!親友に寝取られてるバカな子だしw
―――あの子、新郎の元カノだってよ!遊ばれてたんだって!
こんな事をその視線から感じた。
みんな、主任の私をリスペクトしてくれてると思ってたのに!
この人達の本音、良くわかったわ!
バカみたい!
心が冷めきってしまった。
そして、全てがバカらしくなった。
だから、もうこの人達と仕事を共にするのが嫌になり、私は辞表を提出したのだった。
あ~~スッキリした!
この晴れた日に、全てをココに記し、もう忘れてしまおう、私の黒い過去!
この晴れた青空の下には、まだ私の幸せがたくさん転がってるハズなんだ!
〇月〇日 祖母
帰郷してから、ばあちゃんとの生活に慣れて来た私は、ばあちゃんが思いのほか、元気な事に気がついた。
「ばあちゃん、元気そうで何よりだよね!やっぱり、私が居るから?」
「うん?そうかい?わたしゃー、風邪もここウン十年とひいたことが無いのでな」
「えっ?ばあちゃん、身体の調子が悪くて、一度倒れたって聞いてるけど?」
「そうかい?真弓も耳が悪くて、聞き間違いをするのかい?」
「だって・・おじさんが・・」
ここで私は痛恨のミスを犯したことに気がつく。
そのおじさん、よく、事を大げさに言う癖があるのだ。
『もう大丈夫のようだから、心配しない様に。それと、ばあちゃんにはオレが言った事は内緒な!真弓に心配させないでくれって言われてるから』
「ばあちゃん、この前の前、私が大都会にいた時に、病気にならなかった?」
「この前の前?う~~ん、ああ!!」
ばあちゃんが、ポンッと手を打つ。
昔の人だから、
「老人会でね、みんなと一緒にお昼を食べてね~。みんなお腹を壊したのよ~」
「それで、どうなったの?」
「殆どが入院したのよ。それはもう、村じゅう大騒ぎさね」
「で、ばあちゃんは?」
「それはもう、お腹を
「で、入院したの?」
「それはもう、歳だからね~、一日入院して、良いモノ食べて治ったさね」
「それは大変だったわね。ごめんね、私がその時に居なくて」
一応、動揺を隠すため、表面的に謝罪の言葉を言う。
すると、いつものフレーズが飛び出した。
「いいのよ~、真弓。私はもうすぐ、爺さんやあんたの父さん母さんの所へ行くんだから、気にしなくて良いのよ」
「ばあちゃん、そんな事言っちゃ、ダメ!わたし、ここに一緒に居るから!」
「真弓!」
「ばあちゃん!」
何度同じやり取りをしたことか?
ボケないで、ばあちゃん!
しかし、まさかの食中毒!
あのおじさん!
まあ、でも恨むまい!
ご近所様達には、祖母の為に会社を辞めて帰って来た、ばばあ孝行の良く出来た孫という事で通すんだから!
〇月○日 田んぼ変じて畑
祖父が死に、田んぼの管理を他の人に頼んでいたが、その人もモウロクしたので、管理が出来ないとの事。
そんな時、ホームセンターのチラシが届く。
それには電動草刈機の店頭販売の文字が踊り、ハッピを着た若い店員がにこやかに笑っていた。
初心者向けに指導もします、草刈マサオ、と書いてある。
このイケメンのマサオ君から指導を?
「ばあちゃん、わたし、草刈りくらいならこの機械で出来るかも」
「うん?オナゴでも出来るんか?」
「ばあちゃん、時代はオンナとかオトコとか関係なくなってるからね。それに、今なら教えてくれるって!」
「そうかいそうかい。若いモンに任せるわ」
そして、その機械を購入した。
草刈りマサオ、それはその機械の名前だった(注:実際にそんな名前のモノあり)。
そして、教えてくれたのは、おじさんだった。
◯月◯日 かぼちゃ
何年も稲を植えていない田んぼは、ただトラクターで草刈りを兼ねて耕される畑となり、最後にトラクターが入った後には、何となく畝が出来ている。
30×30メートル、30×60メートル、この二面の畑の草刈りは、かなりキツイ。
6月半ば過ぎからは、刈った
もうムリだよ。
そんな弱気になっていた本日、ふと、大学時代、大学近くの食堂でご飯を食べた時の事を思い出した。
『今度は、畑、何植えるっぺよ?』
『そんだなぁ、この前、何植えたっちゃ?』
『コマツナ。直ぐ大きくなって直ぐ出荷。でも、単価が安いっぺ』
『うんじゃあ、かぼちゃ、やってみん?手間かからんし、簡単に大きくなるっぺ』
『そげな?かぼちゃなら、まあまあな値段ちゃね?』
『それにちょっとだけ興奮するっぺ』
『そげな?』
『かぼちゃは、人工授粉だっぺ?やたら出て来る雄花を千切って、雌花に押し付けて、その雌花の真ん中に、こうしてよう、雌花も足、じゃなかった、花弁を広げてよう、グヘヘへ』
笑い合うおじさん達、サイッテー!
でも、コマツナにかぼちゃかぁ〜。
そんなに簡単に作れるのかなぁ?
でも、あんなオヤジが作れるんだもの、出来るよね!
良し、いっちょ、やってやるかー!
◯月◯日
まずは野菜を知らないと!
タカタのタネとトミイ種苗のカタログを取り寄せる。
どうして作るのかな?
巨大書店で本を物色。
キーワードは、無農薬と有機栽培かぁ。
何冊かの本を購入。
良し、決まった!
コンセプトは、『安い、美味い、早い』に決定!
お金をかけず、美味しく、手間もかけずに素早く作業!
そして、無農薬、無耕転、無肥料を謳う農業書を私のバイブルにした。
◯月◯日
ほー!
これは食べてみたい!
えっ、こんなのもあるの?!
カタログの虜となる。
そしてタネを購入。
ついでに、タカタのタネの友に入る。
◯月◯日
初めてのタネ蒔き!
タネが小さい!
粒同士がぶつからないように。
って、ダメだ、あー!
もういいわ!
何で一列にしないといけないかな?
もうバラマキでよくない?
って感じでばら撒く。
次は、ラディッシュ!
二十日大根だ!
20日では出来ないけど、直ぐに出来るからお手軽のはず!
次は、小カブ!
これも直ぐに出来て美味しい!
これも、粒が小さいな。
めんどう、ってか出来ない!
ばら撒こうっと!
それからそれから……。
楽しみ〜!
◯月◯日
なんで?
◯月◯日
カタログに載ってるのと違う、小さな小カブ、小さなラディッシュ、穴だらけで無残なコマツナ、などなどを収穫、そして、殆どを畑の隅へ捨てる。
ラディッシュ、から〜い!
小カブ、味が無い!
◯月◯日
今日、鶏糞と牛糞を購入。
畑に入れる。
この冬かかって、土作りだ!
無肥料無耕転は、ムリ!
◯月◯日
コンセプトを変更。
そこそこお金、そこそこ美味い、そこそこ早い、だ!
◯月◯日
あれから一年。
私はやったよ!
日記を書くヒマも無く、作業をした!
じゃがいも、トマト、ナス、トウモロコシ、サツマイモ、ニラ、ネギ、タマネギ、かぼちゃ、コマツナ、小カブ、大根、ニンジン、生姜、ハクサイ、ブロッコリー、インゲン、オクラ、キュウリ、ほうれん草などなど。
そして、わかった!
やっぱ、鶏糞をはじめとする肥料が大切なのだと!
もうコツを掴んだ!
これからは野菜パラダイス!
◯月◯日
タマネギの葉っぱがやられた!
この赤玉の葉っぱは、甘くて美味しいのだが!
◯月◯日
じゃがいもの芽が出ない!
6千円で種芋として購入したのに!
3種類の期待のイモが!
この畑との相性が悪いのかしら?
◯月◯日
やっとそれなりに芽がちょっとだけ出て来てこれからって時なのに、またじゃがいもの葉っぱがやられた!って、もう全滅だわ、これ!
鳥なのかな?
◯月◯日
サツマイモの葉っぱが食べられた!
いったい、何が?
◯月◯日
生ゴミを土の中に入れてたのが掘り返されてる!アライグマなの?
◯月◯日
初めて植えた空芯菜、ハキリムシにもめげずにそこそこ育ってくれたのに、葉っぱの新しい所だけ食べられてる!
◯月◯日
空芯菜にたくさんのカタツムリが!
◯月◯日
オクラ、空芯菜、サツマイモ、モロヘイヤ、全て柔らかい葉っぱのところをやられる!
空芯菜の側にシカのフンが!
憤慨した!
◯月◯日
深夜3時だった。
まだ、雨が降り続いている。
私は、畑の見回りにやって来た。
塀越しに畑を覗く。
すると、何かが居る!
懐中電灯の光を当てると、大きなシカが空芯菜の畝に顔を突っ込んでいたが、頭をもたげ、私を見た!
何秒の間そうしてたのだろうか?
私は思わず、ウ、ウオッと声を上げた。
シカはそれを合図に走り出した。
三頭居た。
バシャバシャバシャと音を立てて、60メートル先の道路へと消えて行った。
◯月◯日
それでも葉っぱを新たに伸ばす野菜達。
私はそれら全部に不織布をかける。
そして、なんちゃって柵(釣り糸を棒に結んで畝を囲う)を設置。
更に、前方2メートル位に居るとそれを察知し、LEDライトを点灯するピカット君も設置。
◯月◯日
大丈夫みたいな?
◯月◯日
不織布の中のオクラの葉っぱが少し食べられていた!
〇月○日
本日も、雨だったが、とにかく不織布で覆いをした。
〇月○日
本日も、風が強かったが不織布で覆いをした。
〇月○日
遂にこの日が来た!
最後に残ったオクラも、モロヘイヤも、空心菜も、サツマイモも、全部やられた。
被せていた不織布はめくれていた。
一部、少しだけ開いていた穴は大きな穴となっていた。
集団で来たに違いない!
なんちゃっては無力だった。
ピカットは、逆に明るく照らして見えやすくなっただけ。
空心菜は根元から引っこ抜かれていたのもあり、無惨な状態を
サツマイモは、葉っぱが無くなって、茎だけ、あるいは根元から何も無くなっていた。
オクラは、これから大きくなるであろう実もかじられ、葉っぱは全部食べられていた。茎だけの姿を晒すオクラは、とても哀れだった。
特に、葉っぱが無いのに花だけが咲こうとしているオクラに至っては、それを見るにつけ、守ってやれなかった無念さが込み上げてきた。
◯月◯日
全部撤去する。
全てを引っこ抜く!
悔しい!
シカのエサを作っているわけではないのよ!
屈辱、あの結婚式以来の屈辱!
青い空の下には、幸せがあるハズなのに!
〇月○日
冷静になった私は、ご近所の情報収集を開始する。
目撃証言を得る。
シカ十数頭が、30メートルほど離れた共同農園に現れて荒らしていたとか、山裾近くの神社にシカが団体で集合場所にしているようだとか、シカが来るので電気柵をするようになったとか、野菜の苗やタネ、肥料などよりもお金をかけて柵を設置したとか・・。
誰もが今年はシカが沢山出て来て悪さをすると言っていた。
〇月○日
シカの生態を調べる。
奴ら、人間が食べるモノの殆どを食べる。
奴らは冬眠をしない。
奴らは、柵の下から侵入しようとする。
奴らは、バジルやシソなどが苦手。
〇月○日
遂に柵を設置する!
高さ1.6m以上、下は柵を余らして土を被せる。
〇月○日
何かが来て穴を熱心に掘り、不織布に大穴を開けていた。
そこの畝には、不織布を被せたその下で、多数のタカナ(日本三大漬け菜の一つ)が芽吹いていたのだ。
シカの次は何なの?
私、まだ大自然の理不尽に戦えと言うの、神様は!
私は、青く澄み切った晩秋の晴天へ向けて、コブシを振り上げていた。
このコブシ、宣戦布告と受け取って頂こうではないか、自然の脅威達よ!
私の額には、うっすらと汗がにじみ、それを、谷間の風がそよっと吹いて、拭ってくれた。
自然との格闘に汗する私は、同じように自然に生かされてもいたのだった。
~~~戦いは続く
真弓のノー日記 風鈴 @taru_n
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