第8話

◇◆ ◇◆ 一七年前・十一月二十七日(日曜日) ◇◆ ◇◆


 今朝、目を覚ました私の目の前にはお兄さんの顔があった。

 昨日の疲れからかぐっすり眠っていて私が頬に触れても目を覚ます様子は無い。少しだけ伸びてきた髭がチクチクして面白い。お兄さんの頬を撫でるこの感触が好き。

「もっと、触れ合いたい……」

 そう言葉を溢したところでお兄さんの瞳が少し開く。微睡から覚めるその時を眺めながら待つ。

「ん、んんっ…… あふっ」

「おはよう、お兄さん……」

「あふっ…… おはよ」

「ね、お兄さん、キスしてもいい……」

「だめ……」

「ぷぅ、けち…… 結婚するんだから良いじゃない」

 私はお兄さんのベッドに潜り込んで寝顔を眺めていた。もう少し慌ててくれるかと思ったのに凄く冷静…… 悔しくて、キスをせがんだのに、流された……


 少し遅い朝食の後、お兄さんにおねだり。

「お兄さん、早く、証人者とご両親の署名、捺印をもらいにいきましょう」

「すごく積極的だね」

「だって、早くお兄さんと結婚したい」

「その心は?」

「お兄さんと家族になりたい……」


◇◆ ◇◆ 現在 ◇◆ ◇◆


「とまあ、こんな感じに私とお父さんは知り合ったのよ」

「なんと言ったらいいか…… 予想外の出会い方だったんだね」

 麻里香まりかも自分が聞きたいと言い出した事とはいえ、何とも言えない表情を浮かべている。

 まあ、そうだよなあ出会いが風俗店前って話されている俺の方も穴があったら入りたい気分だよ。

 それも今だと法的に認められない一六歳のリエラと結婚して一七の時には麻里香まりかが産まれているんだから尚更、麻里香まりかはどう思っているんだろうか?


麻里香まりか、お父さん達の話を聞いてどう思った?」

「え〜〜っ、まあ、年齢差を考えたら普通じゃないだろうとは思っていたけど」

「けど?」

「予想の斜め上のまだ上だった」

「何だそれ」

「それよりも、お父さんとお母さんどっちからキスしたの?」

「ん〜、それはなあ……」

「お父さんにキスしたのはお母さんからよ」

「お母さんからだったんだ」

「そうよ。麻里香まりかも本当に好きな人ができたら積極的にね」

「いや、その前にちゃんとした奴か見極めろよ。お父さんみたいにならないようにな」

「お父さんは私に彼氏が出来てもいいの?父親は嫌がるって聞いたけど」

「ちゃんとした男で、麻里香まりかと幸せにやっていけるなら反対はしないかな」

「そうね、すぐに迫ってくるような人はお母さんも信用できないかな」

「お母さん、そういうの苦労してそうだね」

「ホントにそうだったのよ。小学校の頃、ちょっと仲が良くなって、周りから付き合ってるって思われてた男子とか、『好きだからキスさせろって』言ってきて何となくいいなって思ってたけど一気に冷めたわ」

「ああ、そういうのは男女問わずにいるな。俺も『好きならこれくらいの事してくれてもいいじゃない』って見返りを求められるのはなあ」

「なんか、お母さんの言う事はわかるかな」

「あれ、俺のは?」

「見返りとか、まだわかんない。でも、そういうのって愛情じゃない気がするからしないように気をつける」

麻里香まりかも言い寄って来る男子は多いんじゃない?」

「ん〜〜っ、少なくはないかな」

「気になる男子はいないの?」

「あはは、いないよぉ。だって、体の大きな子供だよ、あの人達って。もっとしっかりしてほしいよね」

「ふ〜ん、麻里香まりかのタイプはどんな奴だ?」

「私のタイプ?そうだなぁ…… 私を大切にしてくれる人。かな」

「それは…… しっかり、見極めないと難しいな」

「そうね、同級生じゃあ難しいかもね」

「うん、ありがとう。また、お父さん達の話聞かせてね。私、お風呂入るね」

「ああ」

「ゆっくり浸かるのよ」

「は〜い」


麻里香まりかもそういう事を気にする歳になったんだな」

「私とが出会った歳だもん」

「お兄さんはやめろよ。もうそんな歳じゃないぞ」

「昔の話をしていたらそう呼びたくなっちゃった」

 ぺろっと舌を出して俺の肩に頭を乗せてくる。昔を懐かしむようにリエラの頭を撫でる。

「リエラは今、幸せか?」

「うん、お兄さんに助けられて、惹かれていって、結婚出来て、可愛い麻里香まりかも授かれた。これ以上無いくらいに幸せだよ」

「そうか、それなら良かった。これからもよろしくな」

「こちらこそ瑛太えいたさん……」

 軽く唇を触れ合わせて微笑み合う。

 この先も幸せに暮らそうという思いを込めて。


−了−

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馴れ初め 鷺島 馨 @melshea

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