※ 第一章 ※

銀狼山脈

第3話 さまよう半亀禮と20人の若者たち


 中華大陸の西方をふさぐ、屏風のごとく切り立って連なる山々。

 万年雪を抱いたその山々のいただきに立てば、その向こうに何が見えるのか。


 だが未だかって、いただきに立ったものも越えたものもいない。


 雪と岩と石しかない荒れた山肌は、人はおろか獣の侵入さえもこばみ続けている。

 そして、頂から吹き下ろす雪混じりの乾いた強風は、根をおろそうとした木々や芽を吹こうとした草花の種を、容赦なく吹き飛ばした。


 そのような山々の懐深くにある街の名は、西華国せいかこくの都・完旦かんたん


 しかしなぜか、白い煉瓦を積み重ねた城壁に囲まれた完旦かんたんの街だけは、まわりの殺風景な山々と違って青々としていた。


 葉を繁らせた木々の間から、ひしめきあう家々の白い壁と塀がのぞく。屋根もまた同じように白いのは、白樺の木の皮でいているからだ。


 その完旦かんたんの街を見下ろすように、一段高い山肌を切り開いて壮大な宮殿が建っている。西華国の興国の祖であり皇帝であるはん氏が、五百年にわたって住み続けている宮殿だ。


 宮殿の壁は白い漆喰、木の柱は丹色の赤。

 魚の鱗のようにかさなって見える屋根は、金に飽かせて他国より買いつけ運ばせた青い瑠璃瓦るりがわら


 そして、宮殿と並んで建つ、銀狼教ぎんろうきょうを祀る寺院のいくつもの高い尖塔は黄金色だ。それは、昼は太陽に夜は星に照らされて眩しく輝いた。




 ※ ※ ※


 暮らすに厳しいこの地に人が住むようになったのは、いまより五百年ほど前のこと。内戦に敗れて国を追われた砂漠の民の百人が、おさである半亀禮はん・きらいに引き連れられて、安住の地を求めさまよっていた。


 彼らの肌の色は浅黒く、長躯で痩身。

 長年にわたり陽に焼かれて、髪は赤い。髷を結うのも難しいくせ毛のために、男はターバンで覆った短髪で、女は飾り紐でくくって背中に垂らしていた。


 瞳は常時は煙るような灰色、感情がたぎれば黒曜石のごとくきらめく。男も女もその顔の彫は深く、高い鼻梁は鷹のくちばしのように曲がっていた。年を重ねるほどに刻まれる目尻の皺は、賢さと意思の強さの表れだ。


 敵の追手から逃れてさまよい続け、一年をかけて、南の砂漠から西の山々の連なるこの地に足を踏み入れた。だが、自分たちが捨ててきた砂漠よりも、ここは不毛の土地だとは疲れ果てた誰の目にも明らかだ。


 一つの山を越えても、目の前にあるのはもう一つの山。


 岩だらけの急斜面には、しがみつける木の一本も草の一本も生えていない。吹き下ろす強風のためによろけ転がり落ち、一人また一人と、寒さと飢えの中で仲間が死んでいく。


 旅の途中では施しを願った村人には棒を持って追い立てられ、病人が出ても薬もない。国を出た時に身にまとっていた白い着物は裾が擦り切れ、のぞく痩せた足は履物を失ってひさしい。


 百人いた仲間は、老いたもの幼いものから消えていき、いまはおさ半亀禮はん・きらいに率いられた、骨に皮が張りついた若者が二十人ほど。


 希望が絶望へと変わっていった。

 志半ばで果てるのかと皆が覚悟したその時、一匹の銀狼が彼らの前に現れた。


「おまえたちに安住の土地をさずけよう。ついて来るがよい」


 銀色の毛並みとがっしりとした四肢を持ち、透きとおるガラス玉のような金茶色の目をした狼は、おごそかに響きわたる人の声で言った。




 振りかえり振りかえり前を行く銀狼の後ろを、彼らがよろよろと歩きつき従うこと、七日と七晩。


 三つの険しい山肌を縫うように越えた。


 そして、大きな木が一本、たくましく根を張って立っている場所にたどりついた。夕闇のせまった薄暗い中でも、大木の葉はそよとも揺れていないことが見て取れる。雪解け水が地下浅くを流れ、地形が強風をさえぎっている証だ。


「銀狼さまが、我らをこの地へと導いてくださった。皆のもの、ここに我らの家を建て畑を耕して、住もうではないか」


 厳しい旅に耐えて生き残った若者を前にして、半亀禮はん・きらいは宣言した。


 彼自身は三十代半ばだったが、いままさに山の尾根に沈もうとする夕日に照らされたその顔には深い皺がきざまれ、苦悩に満ちた老人といえた。彼もまたこの旅の途中で妻を失い幼子たちまで失っている。家族と呼べるものは十五歳になる男の子一人。


 亀禮の言葉に、その男の子も含めた二十人が呼応した。


「父上の言葉に従おうではないか」

「そうだ、ここをわれらの安住の地とするのだ」

「そうだ、そうだ。ここに我らの街をつくり、いずれは国を興す!」

「それこそが、死んでいった仲間への何よりの供養だ」

 


 

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