九、少女
屋敷に着くと、桜雅の式神である牡丹と柳が玄関の前で出迎えてくれる。
「お帰りなさいませ。若……」
「お帰りなさいませ。若さ……」
どちらもぱちぱちと目を瞬かせて見上げるが、桜雅は気にすることなくてきぱきと指示を出す。
「牡丹、部屋に布団を敷くように。柳は風呂を用意を」
呆然としていた二人だが桜雅の命にはっと意識を取り戻す。
「は、はい。かしこまりました」
「た、ただ今!」
柳はすぐさま冷静に戻ったが、牡丹の目は何故か溌剌とした輝きがある気がした。
牡丹は立ち上がるとすたすたと奥の部屋へ向かう。
牡丹の後ろをついて行こうとする桜雅に、お待ちくださいと柳が止める。
「どうした」
「すみません。お嬢さんの頭に花びらが」
柳が少女の髪に着いた桜をすっととる。その時、微かにぱちりと音がしたのを桜雅は聞き逃さなかった。
「柳」
「はい。どうかなさいましたか?」
きりりと睨む桜雅にも屈しない、毒気のないように見える柳の笑みは桜雅から言葉を奪う。
「はぁ……何でもない」
深い溜息の後、桜雅は少し遅れて牡丹の後を追った。
部屋に着くと牡丹は既に布団を敷き終えていた。
律儀に正座をしながらにこつく牡丹の意図は分からぬが、気にすることなく少女をそこに寝かす。
「……牡丹、夕飯の準備を」
「承知しました」
牡丹が襖を閉めて去っていくと、桜雅は眠る少女の隣に
細く赤みを帯びた少女の足首に桜雅はそっと手をかざす。
手から柔らかな光が放たられると、少女の傷はみるみるうちに元へと戻っていく。
これは林条家の血が流れる者が使うことが出来る治癒能力で、重症度の低いものであればそれを専門としていない桜雅でも難なく治すことが出来る。
足首の治療を終えると次は肩へと移る。
肩も同様に光に包まれた後、元の白い肌へと戻った。
治療を終えた桜雅はちらりと少女の顔を見ると
まるで痛みをこらえているような表情をしていた。
小さくうっと呻く少女の額にはじんわりと汗が滲んでいる。
彼女が苦しんでいるのは柳の使った"能"のせいだろう。
根本的には柳は悪くない。
柳は鋭い洞察力を持っていて頭もキレる。
おおよそ桜雅の感じていた少女に対しての違和を柳も覚えたのだろう。
その違和を紐解くために使用した"能"は、生憎少女を再び苦しめることとなってしまった。
助けたいにも、桜雅にはどうすることも出来ない。
少女の苦しげな表情に似たものを感じた桜雅は、無言で力むその手を優しく包み込む。
どうやらその手首も捻っていたらしく少しばかり蒼みがかっている。
柔らかな光はその蒼を元の白へと戻す。
あまりにも細すぎる少女の手をただ無心に包んでいると、いつ目覚めたのだろうか、少女が起き上がって
一つに結んだ色素の薄い髪、少し痩せこけている頬に薄い唇。
貧相な格好をしているがその瞳は秋の空のように澄み切っており、引き込まれてしまいそうになった。
***
少女の名を聞き出した後、桜雅は柳と牡丹に命ずると部屋を後にした。
己の書斎に戻った桜雅は椅子に座ると先程の少女、東風の様子を思い返す。
名前を聞いた時のあの反応。名を問うただけであれ程動揺するものだろうか。それに全身にある傷も気になる。あれは確かに化物につけられたものではなかった。となると何時、何処で、誰に傷つけられたものなのか。
桜雅が思考を巡らせているとコンコンコンとノックの音が聞こえて来る。
桜雅が応じれば柳が扉を開け入ってくる。
「失礼します。東風様のことについてお話があります」
「何か見たのか」
"能"のことで何かあったのだと推測した桜雅は柳に問う。
「はい。詳しいことは申せませんが一言で申し上げるのであれば、良いものではありませんでした」
柳は使った能のことを主である桜雅にさえも詳しくは語らない。
桜雅も他人の過去など心底興味が無いためそれを承認している。
しかし今回だけは詳細を聞きたいと思った桜雅だが、柳が答えないのは目に見えている。
仕方なく柳の足らない言葉から少し思案した後、桜雅は口を開く。
「東風をこの屋敷に住まわせよう」
桜雅は顎に手を当てながら告げる。
「少しの間様子を見よう。お前たちの手間は増えるだろうが許せ。牡丹にも伝えておく」
桜雅は机の上に置いてある書類に目を通し始めたが何故か柳の返事は帰って来ず、静かな沈黙が流れる。
どうしたのかと柳を見ると目を見開いて硬直している。
「どうした」
「あ、いえ、すみません。珍しいなと思いまして。若が自らそんなことを言うなんて」
確かに桜雅は職業柄人に手を差し伸べることはあるがそれだけであってそれ以上のことは自ら望んでしない。
しかし今回、柄にもあわずお節介を焼こうとしている。
柳に言われてようやく気がついた桜雅がピタリと硬直動きを止めると柳はすみませんと後頭部に手を当てる。
「変なことを申しあげました、お気になさらないでください。東風様のことは俺と牡丹にお任せ下さい。お時間を使わせてしまいすみませんでした」
失礼しますと一礼した後、柳は書斎を出ていく。
桜雅は椅子の背にもたれかかり質素な天井を見上げる。
何故己があの少女を気にかけているのか。
そんな疑問が脳内を巡る。
柳も少し驚いた顔をしていたが桜雅自身も不思議でならない。
ふぅと息を吐くと窓の外の空を見上げる。
夜闇に染まった空はどこまでも続き、その中に小さな淡黄が優しい光を放っていた。
鬼に華風~土かぶり乙女は愛に逢う~ 湊雨 @suu__kajimaru
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