第147話 反撃開始

 パソコンをハッキングしていた、という衝撃の事実を告げられたデメは激しく狼狽うろたえた。


「え、えっ、え!? じゃあ、俺のパソコンのデータとか、全部見られてたってこと!?」


 シレオンはデボラの美しい顔でにっこりうなずいた。

「そういうことっ。パソコン内のデータはもちろん、ネットの閲覧履歴も全部丸見えだよーん」


「う、嘘だ!! 嘘だあああ!!」


「残念ながら本当さっ! 君がどういう趣味で、どういうエッチな動画をクリックしたとかも、すべてお見通しだ!」


「はっ!? はああああ!?!?」


「たいして面白い性癖もなく、一般的でつまらない趣味だったが、しいて言えば――」「やめろおおおおおおおおおおお!!!!!」


 魔王は大声でシレオンの言葉をかき消した。


「貴様ぁ!! セイラの前でなんてことを!! 死ねえええええ!!」

 涙目で叫ぶ魔王。


 当のセイラは、いきなりの展開にキョトンとした表情。


「大丈夫! 死後の名誉は守るよ。絶対公表しないから! 僕の心の中だけに仕舞しまっとくから!」


「うるさい!! むしろ死にたい気分だボケーーー!!」


「まあまあ、落ち着いて。死ぬ前に一つやってもらわなきゃいけないことがあるからさ」

 興奮でゼーハーと息を切らす魔王に、シレオンはなだめるように言う。

「僕の体、返してくれる?」


 魔王の眉がぴくりと動いた。

 また少し空気が変わった。


「ジムノに魔王城をすみずみまで探させたけど、見つからなかったんだよねぇ。てことは、君が隠してるんでしょ?」


「どこにあるか知りたいか?」

 落ち着きを取り戻した声で、魔王は言った。


「もう知ってる。残念ながら交渉材料にはならないよ。そこだろ?」

 シレオンは視線を下げた。

 ゆっくりと手をのばし、デメの右腕を掴む。

「秘宝・海耀石かいようせき。君のその指輪の中……」


 自分のほうに引き寄せたその手を見て、眼鏡の奥の目がぎょっと見開かれる。


「ない!? どこにやった!?」


 さっきまで右手の人差し指にはまっていたはずの指輪がない。


「ここだ」

 と、魔王は自分の腹を押さえた。

「腹が減ったので、さっき食ってしまった」


「な!?」

 思わず魔王の手を放り出して硬直する眼鏡美女。

「馬鹿な。いつの間に……いや、そんな隙はなかったはず……」

 シレオンはハッとした。

(あのときか!!)


 目の前にいるセイラが千里眼スライムだと告げられたデメが、怒り狂って自分の手に噛みついた、あのとき。

 怒りを抑えるための自傷行為と見せかけて、じつは指輪を飲み込んでいたのか。


「やってくれたな、デメ」

 デボラの美しい顔に、引きつった微笑が浮かんだ。


 まずいな、と彼は思った。


 デメを殺すのに不可欠な腐食光線は、莫大な魔力を必要とする大魔法。

 封印された元の肉体があってはじめて使える大技だ。

 右手だけで存在している今の状態じゃ魔力が足りない。


「仕方がないねぇ。悪いが、君の腹をさばくしかないようだ。抵抗するなよ、デメ」


 シレオンは右手を上にかかげた。

 てのひらから放出された紫色の光が、剣の形を作り出す。


 彼は光の剣を両手で握ると、勢いをつけて魔王の腹に突進した。

 魔王はその攻撃を防ぐことも避けることもせず、無抵抗で受け止めた。


 パキーンッ。


 光の剣は魔王のパジャマに穴を開けただけで、彼の皮膚に跳ね返されて砕け散った。


「言っとくが、何の防御もしてないぞ」と、魔王。


「そうだろうねぇ」

 シレオンは目の端をヒクヒクと痙攣けいれんさせながら、苦々しそうに笑った。


 なるべく時間を稼いでください――というグウの言葉を、魔王は忘れてはいなかった。


(俺はまだあきらめんぞ、グウ!)

 魔王は心の中で味方に希望を託した。


 千里眼スライムが作り出したコピーではない、本物のセイラがこの城のどこかにいるはずだ。

 それをグウたちが見つけ出してくれれば……



* * *



 ジムノ課長の話では、セイラがいるのは二階。

 だが、その二階へ通じる玄関ホールの大階段の前で、グウとギルティは二人の強敵に行く手をはばまれて動けずにいた。


 大階段の踊り場にいるのは、圧倒的な強さを誇る四天王の二人。

 カーラード議長と、ベリ将軍。


 グウのほほをたらりと汗がつたう。

(無理すぎる……どう考えても俺たちに勝ち目はない……)


 どうすれば……

 グウはホールを素早く見渡した。

(どうにか一瞬だけでも注意を……『力なき侵略者』の魔法を使えば……いや、無理か……最悪、俺がおとりになれば……いや……)

 頭の中で打開策を考えるが、どれもうまくいきそうにない。


 戦う気満々のベリ将軍は、一歩前に出て、目を爛々らんらんと輝かせている。

 彼女がその気になれば、いつでも蛇で攻撃を仕掛けることができるし、一足飛びに距離をつめることも可能だ。


 対して、カーラード議長は一歩引いて、ホール全体に注意を払っている。

 彼はあくまでセイラ奪還を阻止するための最強の番人であり、その役目を決して忘れることはない。セイラが監禁されているという、二階の右奥の部屋に近づこうものなら、即死レベルの攻撃が飛んでくることは間違いない。


 たとえ一人が命をして囮になっても、このホールを通り抜けられる気がしなかった。

 そう。もはやセイラのもとに辿たどり着けるかどうかを考える次元ではない。

 あと何秒生きていられるか。

 そのレベルだ。


 グウはギルティを横目で見た。

 硬い表情できゅっと口を結び、両手でつえを握りしめている。その手が小刻みに震えていた。


「ギルティ、逃げろ……」


「えっ」


 このままじゃ二人とも死ぬ。

 進むのは無理でも、逃げるだけなら、一人が注意を引き付ければ、まだ可能性はあるかもしれない。


「俺が注意を引き付けるから、その隙に後ろの扉から城の外に逃げろ。これだけ広大な異空間だ。隠れる場所はいくらでもある。ほとぼりが冷めるまで潜伏し、脱出のチャンスを待て」

 グウは早口で言った。


 二人で戦ったところで、万に一つも勝機はない。

 ならば、せめてギルティだけでも生き延びて欲しい。


「何言ってるんですか、隊長……」

 ギルティはショックを受けたような顔で言った。

「隊長を置いて逃げるなんて、そんなことできるわけありません! 私も一緒に戦います!」


 フハハハハハ、と階段の上から笑い声がした。

 見ると、カーラード議長が馬鹿にしたような顔でこちらを見下ろしていた。


「そのような角無つのなしの小娘に何ができるというのだ。おい、娘、かまわんぞ。さっさと失せるがよい。お前ごときが生き残っていたところで、何のさわりもないわ」


「どっちでもいいけど、はやく始めよーよ♪ 来ないなら、こっちから行くよ?」

 ベリ将軍が、ピンク色の髪の毛をクルクルといじりながら言った。


「ギルティ、今しかない。お前は逃げ――」


「いえ」

 と、ギルティがグウの言葉を制した。

「これはチャンスです、隊長。私は今、完全にめられてます。きっと私が何をしようと、この二人は大して警戒しないはず」


「ギルティ? お前、何考えてんだ」


 いつになく強い意志を感じるギルティの態度。

 彼女の中にどんな思惑があるのか、グウには予想もつかなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る